いま、教育界でも、ビジネスの世界でも哲学が注目されている。わかりやすい言葉で哲学を説く小川仁志さんに、哲学的な思考の役立て方について伺った。
小川仁志(おがわ・ひとし)さん
小川仁志(おがわ・ひとし)さん
哲学者・青山学院大学地球社会共生学部教授 1970年京都府生まれ。京都大学法学部卒業後、商社勤務、フリーター、公務員を経て、名古屋市立大学大学院博士後期課程修了。博士(人間文化)。徳山工業高等専門学校准教授、山口大学教授を経て4月より現職。著書多数。2022年から24年にEテレで放送された「ロッチと子羊」では、哲学を駆使してさまざまな人の悩みに答えて話題に。

より善く生きるために哲学の扉を開けよう

「哲学」と聞くと、難しそうでちょっと敷居が高いと感じる。だが、哲学者・小川仁志さんは「悩み多き思春期の世代にこそ、哲学の扉を開けてほしい」と話す。そもそも哲学って何だろう。まずはそこから教えてもらおう。

●哲学とは自分の頭で考えること

哲学の定義はこれ、と定まっているわけではありませんが、「物事の本質を探求すること」というのが有名です。本質とは、確かにちゃんと存在しているけれど私たちが思い込みや先入観にとらわれているために、なかなかとらえにくいものです。子供に説明する場合は本質といってもわかりにくいので、「哲学は、常識を取り払って考えることだよ」と言ったりもします。別の言い方では、「自分の頭で考え、その考えを言葉にしていく営み」というのもわかりやすいですね。

では、なぜいま哲学が注目されているのか。21世紀は「答えのない時代」と言われ、これまでの常識に従って行動しているだけでは人類は行き詰まってしまう。SDGsで言われている課題などはその代表例でしょう。世界の諸課題を解決するには、新しい答えを生み出す必要があって、そのためには自分の中の常識を超えて考えないといけない――。そのために、哲学が求められているのです。いまの中高生にとっては、学校の探究学習で馴染みのある考えだと思います。

●身近な悩みに役に立つ

私が特に若い人に伝えたいのは、哲学は「ものを考える方法を教えてくれる便利な道具なんだよ」ということ。別に世界の諸課題でなくても、身近な問題にも哲学はとても役立ちますよ。中学生くらいになると悩みもだんだん複雑なものになってきますね。友達との付き合い方、先輩との接し方、親との関係、進路などに悩んだとき、哲学が道具として使えます。

友達とは、先輩とは、親とは「こういうものだ」という思い込み、すなわち「自分の中の常識」を取り払って見方を変えることで、それまでうまくいかなかったことにも、うまくいく糸口が見つかるかもしれません。

哲学は、科学のように現実を大きく変えるものではありませんが、気持ちを変えるのにすごく役立つんです。悩み多き若い世代にこそ、必要な道具だと知ってほしいと思います。

●悩んだから哲学者になった

中学生に限った話ではありませんよ。ソクラテスもプラトンも、カントもヘーゲルも、有名な哲学者たちは、みんな悩んで考えて、悩み抜いた末に哲学者になりました。

かく言う私も、大学を卒業して社会人になってから、人生を変えるくらい大きな悩みに襲われました。自分のやりたいことと、その当時の自分の力とのギャップに苦しみ、20代後半を引きこもりのように過ごしたのです。そんなとき、何かにすがるかのごとく哲学の入門書を読みました。思い出すだけで辛い引きこもり時代ですが、おそらく順風満帆な人生だったら、哲学者にはなっていなかったでしょう。悩んだおかげで哲学という学問に出合えたのです。悩んでよかった。これもまた、常識を超えて考え続けることで得られた境地です。

小川仁志(おがわ・ひとし)さん

視点を変えて物事の本質に迫ろう

小川さんは哲学思考の四つのステップを提唱している。①疑う(前提や常識を疑う)、②視点を変える(前提を別の角度からとらえ直し、視野を広げる)、③再構成する(①と②で得た情報や視点を基に、新たな考え方を組み立てる)、④概念化する(③で得たアイデアをざっくり一言で名付けて表現する)の四つだ。

●対話を楽しむ哲学カフェ

この四つのステップはビジネスパーソンにも役立つ、一人でもできる思考法です。固定観念を脱して独自のアイデアをつくるようなときに役立つわけです。でもいきなり一人でこの思考法をたどるのは難しいかもしれません。そんなときに試してほしいのが対話です。

私は長年いろいろな場所で哲学カフェの活動を続けています。哲学カフェは、市民が集まって「愛とは?」「幸せとは?」など一つのテーマについて対話するワークショップです。対話によって自分の考えや思い込みを確認することができるし、ほかの人の意見を受け入れることで視点を変えることもできます。そうして思考を深めていくのです。主催者はファシリテーターとして対話が盛り上がるように交通整理をします。年齢が違っても参加者は対等です。哲学カフェは、四つのステップをたどることのできる有意義な思考の場です。

●視点を変えることが重要だ

四つのステップの中で、最も重要なのは、「②視点を変える」です。

「視点を変えれば、不可能が可能になる」。これは古代カルタゴの将軍、ハンニバルの言葉です。あっと驚く戦術でローマ軍と戦い、勝ち続けた名将軍でした。私はこの言葉に出合ってから、何か問題にぶち当たるたびに、この視点で問題と向き合うようになりました。「視点を変えれば絶対に解決できるはずだ」と。人は普段一つの見方しかしていませんが、視点を変えて別の見方をすることではじめて、本質が見えてきます。それによって困難も解決できるのです。ぜひ取り入れてほしい思考です。

●哲学的思考は探究学習と似ている

はじめに述べたように、哲学は、いま中学高校で力を入れている探究学習にも通じます。世界の課題を解決に導く新しい答えを見つけるためには、常識を超えて自分の頭で考え、物ごとの本質を追求する必要があるからです。

哲学は探究学習だけでなく教科学習にも役立ちますよ。例えば歴史を学ぶときに、「なんで歴史を学ぶのかな。歴史の本質ってなんだろう」と考えるようになるのではないでしょうか。そして、過去にあったことを基にして未来を考えるための科目なのかなと、歴史の勉強に新しい視点を持つようになるかもしれません。少なくとも「こんなに年号を覚えて何の役に立つんだ?」と思うようなことにはなりませんよね。

歴史に限らず理科でも算数でも、哲学的思考で、その教科の本質や学ぶ意味について考えるようになると思います。学校でも先生がこのような話をされていると思いますが、自分で考えないとなかなか腑に落ちません。主体的に自分で考えることがとても重要です。

自分で考えることができる! このことは自信につながりますよ。人から言われて何かをやっても自信は生まれません。逆に、自分で考えて決めてやったことは、たとえ失敗したとしてもそれなりに納得感もあるし、自信につながります。

親と子で対等に哲学対話をしてみよう

人がより善く生きようとするときに、哲学がとても重要だということがわかった。最後に小川さんに、親子の関係に哲学がどう役立つか問うてみた。

●哲学対話を親子で楽しむコツ
小川仁志『教科書の名作で哲学する 考えるヒント』(教育出版)
小川仁志『教科書の名作で哲学する 考えるヒント』(教育出版)2200円 。「スイミー」、「ごんぎつね」など教科書掲載の名作から、より深く柔軟に考えるためのヒントを提示する、小川仁志さんの最新刊。

先ほど哲学カフェの話をしましたが、哲学カフェに参加しなくても、対話はどこでもできます。家でぜひ親と子で対話をしてみてください。子供が学校で発見したこと、気付いたことについて話を聞いてみましょう。そういうとき親は、つい子供に「教えよう」としてしまいますが、それはしなくていい。対話は相手に何かを教えることでもディベートでもありません。

相手が何歳だろうと、どんな立場であろうと、対話ではお互いが常に対等です。親は子供に教えたくなるし、思春期の子供は親に反抗するものなので、親子で対話するのはなかなか難しいですが、ぜひ、「個と個」の対等な関係で臨んでいただきたいのです。相手の話をよく聞く、全否定しない、難しい言葉を使わないことを意識して、ぜひやってみてほしいと思います。

私は、高校や高等専門学校、大学で哲学の授業を行い、社会人向けの講義もしていますが、中高生と語り合うたびに彼らの視点やエネルギーにハッとさせられます。大人も子供も「わからないこと」があるのは一緒。何かの問いをぶつけられたとき、その答えがわからなかったら一緒に考えればいい。答えのない問いについて考えるのは大人にとっても発見があって面白いし、それが哲学思考の醍醐味でもあります。子供のほうが探究学習などで対話に慣れているので、子供から学ぶことも多いかもしれませんよ。

混迷と分断の時代に大人になっていく子供たち。自分の頭で考えられる力を哲学が授けてくれそうだ。