
【木村】AIとの共生がますます進むこれからの時代、子どもたちに必要な力とはどのようなものだとお考えですか?
【小西】ひと言で言うなら、自ら問いを立てる力だと思います。AIを使うにしても、出力された内容を鵜呑みにせず、最新の事実や信頼できる情報源と照らし合わせて検証することが必要です。何事も疑ってかかれというわけではありませんが、批判的思考は常に持っていてほしいですね。ある程度の距離感を保ってAIと付き合うには、自ら問いを立て、考える力がないと難しいでしょう。
【木村】仰るとおりですね。中高、大学の勉強は、決まった答えを見つけるよりも、どのような問いを立てられるかのほうが大事です。生徒たちが思い描く将来の夢や目標が一人ひとり違えば、日々の暮らしや学びの中で見える景色も違ってきますし、意見がぶつかることもある。そんなふうに理解できるよう、小学生のうちから「答えは一つだけ」という誤解をといていかないといけない。
【小西】子どもたちが自らそれに気付いてくれたら素晴らしいけれど、小さい頃からさまざまな場面で親が多様な視点を伝えてあげられるといいですね。そうすれば自然と、AIの出す答えが唯一の正解じゃないということがわかってくるのではないでしょうか。
【木村】何をもって成功とするのか、自分は何を達成したいのか。それも人の数だけ答えがある。
【小西】若い人は経験が少ない分、思い描く成功の幅が狭くなりがちな面があるかもしれませんね。いい学校に入って、いい会社に就職する、というのがその人の考える成功だとしても、何が「いい」のか迷いやすいし、それが10年後も通用する価値観かどうかはわかりません。
【木村】ではどうすればいいのか。それを考えるために、視座を高めることが必要だと私は考えています。視座というのは、ものの見方や考え方のことです。自分もみんなも幸せになるためにはどうすればよいのかという問いを立てたとしても、視座を高めないと進むべき方向性が見えてこない。
【小西】千代田中学校・高等学校で視座を高めるために行っていることはありますか?
【木村】社会で活躍するグローバルリーダーをゲストに招き、講演とワークショップによって多角的な視点を身に付ける「千代田サミット」を開催しています。教室の中やSNSの中での承認欲求にとらわれがちになっていても、たとえば世界から貧困をなくすために活動している人の話を聞くと視野がぐんと広がります。そんなふうにこれまで知らなかった世界を知ることで、少しずつ視座も高められるのではないかと考えています。

学生の視野を広げる体験型プログラム
【小西】若い人の視野を広げ、視座を高めることは大学の役割でもあります。そうした中、武蔵野大が重視するのは体験です。大学生とはいえ、その世界はそれほど広くない。狭い世界しか知らないまま、学んだり就職のことを考えたりしても良い結果にはつながりません。そこで、すべての1年生に「フィールド・スタディーズ」という必修科目を課しています(※)。夏休み期間中にキャンパス外へ飛び出し、さまざまな地域や社会との交流を通じて新しい価値観を育む、本学独自のプログラムです。離島で島の歴史や文化を学んだり、米国でビジネス研修に参加したり、普段の生活では出会えない人たちと協働する多種多様なプログラムを用意しています。
※薬学部は必修対象外

【木村】それは学部学科の学びと紐付いているんですか?
【小西】いいえ、紐付いていません。学生たちは自分の興味・関心に応じて自由にプログラムを選択します。また、どのプログラムにもなるべく多様な学部の学生が交ざるようにチームを組んでいます。学生たちには、自分の専門とは違う領域で活躍する人たちと交流してほしいんですね。そこで得た気付きが思わぬ形で2年生以降の学びと結び付くなど、大いに役立つからです。実際、1年生で体験したフィールド・スタディーズが、その後の学生生活に大きな影響を与えたという学生の感想をよく耳にしますよ。
学長 小西聖子氏
東京大学教育学部卒。東京都心理判定員を経て、筑波大学医学専門学群卒、同大学院博士課程修了。精神科医。東京医科歯科大学客員助教授、武蔵野大学人間科学部学部長、同大学副学長などを歴任し、2025年より現職。
【木村】体験のいいところは、うまくいくことばかりじゃないってことですね。うまくいかなかったことから学べることもたくさんあるでしょうから。
【小西】学生にとっては初めて行く場所ですから、衣食住の問題や想定外のハプニングが多々あるみたいです。それも含めて体験だと思っています。
【木村】事前に知識を付けるなど、しっかり準備してから体験するのもいいけれど、それほど知識のない状態で体験すると、「なぜそうなるの?」「どうしたらいい?」と現場で考えるようになる。そうした試行錯誤は、その後のキャンパスでの学びにもプラスになるでしょうね。
【小西】本学では学問的にも視野を広げられるよう、今後は副専攻にも力を入れていくつもりです。ある学部で学び、その学びに紐付いた場所に就職する。長く続いたそのようなスタイルは、いま少しずつ変わってきています。米国の多くの大学では、たとえば工学部の学生が経済学も学ぶというように、主専攻と副専攻を持つことが珍しくありません。本学でも学生が主体的に学びたい科目を選択できるよう、学部の垣根を低くするのが目指すところです。その先駆けとして、文理を問わず学べる副専攻「AI活用エキスパートコース」を設置しています。
【木村】興味があれば誰でも受講できるんですね。
【小西】本学では1年次に全学生がAI活用の基礎を学んでおり、その後さまざまな学部の学生が副専攻を履修しています。今後さらに、これまでになかったようなジャンルの学びにも副専攻を広げていきたいと考えています。
AIを使いこなして生きていくためにも自分の頭で考える力を育んでほしい
【木村】あらためて、教育現場におけるAIの活用についてどのようにお考えですか?
【小西】教育現場にAIを用いることには大きな可能性を感じています。一人ひとりに個別最適化して知識を得られることなどがメリットとして挙げられますが、当然リスクもあります。先ほども申し上げたような距離を置いた付き合い方など、リテラシー教育は必須ですね。学生にはAIの力を享受しながらも、決して巻き込まれない力を身に付けてほしいです。
【木村】私たち教員の立場からすると、AIの導入によって業務が効率化され、生徒一人ひとりに向き合う時間をつくれることもメリットと感じています。実際、本校では生徒との対話の時間が確実に増えてきています。AIの活用によって、学校という場所でそもそも何をすべきなのか、学校は生徒にとってどういう場所であるべきなのか、という本来教員の考えるべきテーマに力が注げることはうれしい。
千代田高等学校
校長 木村健太氏
東京大学先端科学技術研究センター客員上級研究員。広尾学園中学校・高等学校で医進・サイエンスコースの立ち上げに携わる。内閣府総合科学技術・イノベーション会議などの委員を歴任し、2024年より現職。
【小西】すべての教育現場がそうあればいいけれど、デジタル機器導入の際に起こったような学校間の格差が心配されます。教員がAIの特性をしっかり理解したうえで導入しないと、アイデンティティーの発達段階にある子どもたちに悪影響を与えてしまいかねません。
【木村】大学や中高よりも、小学校で起こりそうな問題ですね。
【小西】人との対話や手を動かすこと、紙と鉛筆による読み書きなどは、発達途上の子どもにとってとても大切です。そうした学びとAIの活用をどのように共存させていけばいいのか、今後も課題として残っていくでしょうね。
【木村】子どもたちには、目的を明確にしてAIと付き合ってほしい。勉強を教えてほしいのか、話し相手になってほしいのか、目的によってAIとの付き合い方も変わってきます。自分はそもそも何がしたいのか、AIに何を求めているのか、そんなふうに深掘りする力もこれからの時代に必要ではないでしょうか。冒頭の、問いを立てる力の重要性に戻ってきましたが、ぜひ人との関わりの中でその力を身に付けてほしいですね。
【小西】人との関係をつくる力は生きていくために絶対に必要です。AIへの依存は、人との関係をおろそかにしてしまう危険性があります。AIには気を使わなくていいから、とても楽なんですね。私自身も日常的にAIを活用していますから、その気持ちもよくわかるんです。でもそれでは、人との関係をつくる力が養えません。人との関係をつくれないと、世の中を良い方向に変えたり、自信を持って自分の人生を歩んだりはできないのです。そのことを忘れないでほしい。
【木村】教育現場だけでなく、家庭の役割も大きいですね。
【小西】そのとおりだと思います。人との関係を築く基本は、他者に対する信頼感です。普通は親であることが多いけれど、そうでなくてもいい。どんな人でも、「この世界は、ちょっとは信用に足るぞ」と思わせてくれる人の存在がとても大切です。親は子どもに対して、いつでも見守っていると伝えてあげてほしい。そうすれば子どもは、自分は生きていていいんだ、自分の考えには価値があるんだと思うようになるでしょう。そのように自己を肯定することが、この世界への信頼感となってその子を支え、自分や社会をより良くしていこうとポジティブに生きていく力となります。
【木村】とくに子どもが小さいうちは、親子でさまざまな体験を重ねてほしいですね。どこに行ったか、誰と会ったか、何をしたか。そうした体験の一つ一つで子どもはどんどん成長しますから。
【小西】お金や住んでいる環境の問題もあるでしょうが、特別な体験でなくてもいい。友達と遊ぶのも、家族で大掃除するのも、みんな大切な体験です。そうした日常を大切にしてほしいですね。
1924年創立、13学部21学科を擁する総合大学。文理問わずデータサイエンスやAIを学び、独自の学修法「響学スパイラル(問う・考動する・カタチにする・見つめ直す)」で主体的な成長を促す。体験を重視し、学生一人ひとりが成長実感を得たうえで、社会に貢献できる力の修得を目指す。東京のウォーターフロント有明と、緑豊かな武蔵野(西東京市)にキャンパスを構える。

