合格家族――天然キャラの父が、土壇場で披露した器の大きさ

「先生、たっ、助けてください!」

開成中学の入試1週間前、中学受験専門塾SS-1の小川大介は悲痛な声の電話を受けた。

「家の玄関まで来たら、妻の怒鳴り声が聞こえてきたかと思ったら、今度は武史(仮名・以下同)が『僕にはもう無理だぁ』と叫んでいて……。困りました。正直、家に入りたくありません。先生、どうしたらいいでしょうか」

タレントの陣内智則に少し似た父親・正樹さんからのSOSだった。小川は「今から自分が素知らぬふりをして奥さまに電話をするので、そこで待機していてください」と伝えて電話を切った。

武史くんはおためし受験の灘中入試でわずか2点差の不合格、それが今回の騒動の引き金になっていた。

「灘でも入学辞退者は一定数出ますし、2点差ならおそらく繰り上げ合格になりますから、心配しないでください。武史くんには十分に実力があります」

と小川は何度も説明したのだが、母親・京子さんの不安は解消できなかったらしい。武史くんは、模試の合格可能性で灘・開成ともに80%をマークする優秀な子。それだけに灘に不合格は、本人以上に母親を動揺させた。

武史くんが学校から帰り、ちょっと気の抜いたところを見せると、京子さんは過激に反応。「何をしているの!」と叫んでしまい、大切な本番の直前期、母子ともにお互い感情を爆発させてしまったというわけだ。

「これは冗談ではなく、本人以上に受験ストレスで行き詰りやすいのが母親。小学6年生の終盤は、母親対策のほうが重要です。母親の余裕のなさが、乱れた髪形や、不揃いの爪、といった細部に表れやすいんです。さらに深刻な場合、受験生の親が化粧をすること自体が罪じゃないか、といった精神状態にまで追いつめられてしまいます。極端な例を言っているわけではありませんよ」

京子さんは勉強の進め方から、睡眠時間の管理までを完璧にこなすタイプ。一方、正樹さんは何事も「いいじゃないの」で済ませてしまう天然キャラ。典型的なカカア天下家庭の中学受験だった。