<strong>樋口裕一</strong>●多摩大学教授。1951年、大分県生まれ。早稲田大学第一文学部卒、立教大学大学院博士課程修了。社会人までを対象とした小論文指導に携わり、専門塾「白藍塾」主宰。文章術に関する著書多数。小学生の頃からクラシックに親しみ、ここ数年は音楽関係の著作や企画も手掛ける。
樋口裕一●多摩大学教授。1951年、大分県生まれ。早稲田大学第一文学部卒、立教大学大学院博士課程修了。社会人までを対象とした小論文指導に携わり、専門塾「白藍塾」主宰。文章術に関する著書多数。小学生の頃からクラシックに親しみ、ここ数年は音楽関係の著作や企画も手掛ける。

もう少し細かく見ていくと、作風によってそれぞれを、さらに2派に分けることもできる。

モーツァルトの場合、ケッヘル番号(K)480番あたりを境として、前期と後期とで曲調が変わる。前期の代表曲には、ピアノ協奏曲21番のような長調を基本とした美しいメロディの曲が多い。ロココ調といってもいい。後期は一転して短調を基本とし、暗く深刻なのが特徴だ。交響曲40番、クラリネット五重奏曲、絶筆の「レクイエム」といった、人生の深みを感じさせる楽曲が並ぶ。

これに対し、ベートーヴェンは交響曲の番号が偶数か奇数かで作風を見分けることができる。偶数派は古典派と言い換えてもいい。交響曲四番や六番「田園」が代表曲だ。穏やかで明るく、旋律的であるのが特徴だ。奇数派は別名ロマン派といってもいい。交響曲三番「英雄」や五番「運命」など、ベートーヴェン自身の思想や激しい感情が込められた楽曲が多く、モーツァルト後期の作風に近い。

これらを整理したのが、図表だ。もしあなたがモーツァルトよりもベートーヴェンの音楽を好み、さらに交響曲九番「第九」に心を惹かれるとしたら、ベートーヴェン奇数派、別名ロマン派ということになる。4つのどのカテゴリーに位置するかで、他の作曲家の作品や指揮者を含め、自分に合う曲やCDのおおよその傾向がわかれば、クラシック入門の足がかりとなるはずだ。

また自分の好みとは別系統の曲を聴くことで、「やっぱり自分にはこちらは合わない」と再確認できるだろう。あるいは他の作曲家の曲がヒントとなって、「ほんとうは、こちらが好きだったのか」という発見ができるかもしれない。

4つの分類は、音楽だけではなく文学作品にも同じように適用できると、私は考えている。

たとえばモーツァルトの「ロココ派」には谷崎潤一郎の前期作品(『刺青』など)や芥川龍之介、村上春樹が含まれ、「短調派」には谷崎の後期作品(『春琴抄』『細雪』など)や吉行淳之介、太宰治が含まれる。海外の作家では、ロココ派がフィッツジェラルドやサガン、キャサリン・アン・ポーター、短調派にはヘミングウェイ、デュラス、カミュなどが相当する。

ベートーヴェンでは、「奇数派」に夏目漱石や三島由紀夫、ドストエフスキー、カフカ、「偶数派」には森鴎外や大江健三郎、トルストイなどが当たるだろう。

実際、私自身、小学生の頃にクラシックにとりつかれたのがきっかけで音楽関係の書物を読むようになり、そこから文学作品へと興味の幅を広げていった。作曲家が音楽に込めた思想を読み解くのが、私にとっての音楽を聴く態度であり、文学に向き合うときの姿勢もまったく同じと思うからだ。