「ひと口30回」を目標にするのが理想的

時は流れて現代。食事の欧米化が進み、食べるものがどんどん軟らかくなってきました。軟らかなものは当然、よく噛まなくても飲み込めます。

ですから噛む回数はこれまでに比べてガクンと減って620回程度。時間にすると11分ほどしかかかりません。これでは、あまりに少ないといわざるを得ません。

では具体的に、どのくらい噛んでから食べるようにするといいのでしょうか。

これはあくまで目安ですが、「ひと口30回」を目標にするのが理想的とされています。

しかし、噛むことにあまり慣れていない現代人にとって、ひと口30回というのは意外とハードルが高いようです。

そこで、クリアするためには、噛みごたえのある食材(玄米、胚芽米はいがまい、きのこ、根菜、こんにゃくなど)をメニューに取り入れるといいでしょう。

また、食材を大きめに切ったり、逆にひと口に入れる量を少なくして味わって食べるようにする。味付けを薄めにして素材そのものの味を楽しむ、といった工夫も有効でしょう。

現代人は、平均するとひと口で10~20回しか噛んでいないそうです。「飲み込もう」と思ったときに「あと10回!」を実行すれば、ちょうどよくなります。

噛むことの大切さを伝える“卑弥呼の教え”

日本咀嚼そしゃく学会をご存じでしょうか。

噛むことの大切さを考え、伝えることを目的のひとつとして1990年に発足したNPO法人です。その日本咀嚼学会には「卑弥呼ひみこの歯がいーぜ」という標語があります。

よく噛んで食事をしていたと考えられる古代時代の女王・卑弥呼にかけて、噛むことの8つの効用を伝えています。ひとつずつ見ていきましょう。

ひ:肥満防止

よく噛むことで脳が満腹感を覚えるので、食べすぎ防止になります。

み:味覚の発達

よく噛めば、食材本来の味がよくわかるため、味覚が発達します。

こ:言葉の発達

噛めば噛むほど顔が動くので、顔の筋肉が発達します。それで表情が豊かになり、言葉を正しく発音できるようにもなります。

の:脳の発達

額の脇に手を当てるとよくわかりますが、噛む動作をしているとき、こめかみはよく動きます。このことによって、脳への血流がよくなって、脳の活性化につながります。

は:歯の病気予防

噛む回数が増えると、唾液の分泌がさかんになります。すると、口の中が唾液によって洗い流され、虫歯や歯周病の予防になります。

が:がんの予防

唾液のなかには「ペルオキシターゼ」という成分が含まれていて、その成分には食品中の発がん性を抑制する働きがあるとされています。

い:胃腸の働きの促進

たくさん噛むことで食品が細かくなり、それを消化する胃や腸の負担が少なくなります。そのため、胃腸の働きが正常に保たれます。

ぜ:全身の体力向上

しっかり噛むとあごが発達するので、ぎゅっと歯を食いしばることができます。そうすると全身に力が入ります。

このように、噛むことには本当に多くの利点があります。つまり、噛めば噛むほど健康になるのです。お金もかかりませんし、特別な技術も必要ありません。ただ噛めばいいだけです。

噛むのは自分の歯でも義歯でも同じです。たとえ総入れ歯の人でも、噛むことで健康を保てるのです。

人の脳とさまざまな食材
写真=iStock.com/Ibrahim Akcengiz
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