製造業をはじめとする企業活動が、さまざまな排出物で環境に負荷を押し付けていたのは遠い昔の話ではない。持続可能な経済成長を目指すのは今や常識だが、日本でも高度成長期まではその意識は低かった。その中で、1942年の創業以来、自然豊かな信州の地で環境経営を進めてきたのがセイコーエプソンだ。サステナビリティ経営に積極的な同社の取り組みを紹介する。

創業以来の「省・小・精の技術」を生かした環境経営

近年、企業経営において「サステナビリティ経営」というキーワードが注目されている。これは、環境・社会・経済のサステナビリティ(持続可能性)に配慮することで事業の持続可能性を高めていく経営を指し、2015年のCOP21におけるパリ協定の採択以降、企業が今後目指すべき姿として世界的に広まった。

日本でも、企業はサステナビリティ経営への転換を幅広いステークホルダーから求められるようになりつつある。この動きは今後ますます加速すると見られており、企業にとっては事業成長を考えるうえで欠くことのできない取り組みである。

しかし、そんな常識ができあがるはるか以前から、環境を重視した事業を進めてきた企業がある。長野県・諏訪湖畔に本社があるセイコーエプソンだ。1942年に創業し、1993年には世界に先駆けて工場における洗浄用フロンの全廃を実現。2008年には2050年をゴールとした「環境ビジョン2050」を策定し、それに沿って全社的な環境活動を展開する。

2020年に就任した同社の小川恭範社長は、「自然豊かな信州で事業を始めた創業者の思いを受け継ぎ、環境に配慮する経営を早くから意識してきました」と語る。

「私たちは長年、事業活動において『省・小・精の技術』――すなわち無駄を省く、小さくする、精緻さを突き詰める技術を磨き続けてきました。この技術を生かしてさらに環境に貢献していこうと、2021年に長期ビジョン『Epson 25 Renewed』を策定するとともに『環境ビジョン2050』を改定しました」

この長期ビジョンでは、「『省・小・精の技術』とデジタル技術で人・モノ・情報がつながる、持続可能でこころ豊かな社会を共創する」を掲げ、重要となる取り組みとして環境・DX・共創の3つを示している。

同時に「環境ビジョン2050」も改定し、明確かつ大きな目標を2つ掲げた。カーボンゼロの先を行く「カーボンマイナス」と、資源循環を意味する「地下資源(※1)消費ゼロ」だ。この目標からは、環境活動において世界の一歩先を行こうとする気概、そしてサステナビリティ経営への強い決意が見てとれる。

※1 原油、金属などの枯渇性資源

「今後はもっと環境にフォーカスしていくんだ、環境を経営の中心に据えていくんだという強い思いを示そうと、あえてかなり高い目標を設定しました」と小川社長は笑顔を見せる。

小川恭範(おがわ・やすのり)
セイコーエプソン 代表取締役社長
 1962年、愛知県生まれ、東北大学工学部卒業。同大学院工学研究科修了後の88年、セイコーエプソン入社。ビジュアルプロダクツ事業部長などを経て2017年、執行役員。18年、取締役 執行役員に就任。技術開発本部長、取締役常務執行役員ウエアラブル・産業プロダクツ事業セグメント担当を経て、20年4月より現職。

どんどん用途が広がる「ドライファイバーテクノロジー」とは

あわせて2021年には、世界の全拠点(※2)における使用電力の「再生可能エネルギー100%化」も宣言した。そして2023年末には、国内外すべての拠点で再エネへの転換を完了させ、カーボンマイナスの達成に向けて着実に前進しつつある。

※2 一部、販売拠点などの電力量が特定できない賃借物件は除く

具体的には、契約する電力をCO2フリー価値つき電力供給に変更し、さらに長期契約とするなど契約自体の見直しを行った。賃借物件などを含めて再エネメニューの選択が難しい場合は各国の再エネ証書を活用するほか、工場に太陽光パネルを設置するなどした。自社だけにとどまらず、再エネ活用の動きを社会全体に広げていくため、国内外の再エネ電源開発やバイオマス発電事業などの支援を引き続き行っていく。その上、長野県内に自社のバイオマス発電所の建設も計画中で、2026年度中の稼働開始を目指している。

セイコーエプソン南信州バイオマス発電所イメージ図

というのも、セイコーエプソンを含む多くの製造業の場合、自社の電力使用による温室効果ガスの間接排出(スコープ2)よりも、バリューチェーン全体からの間接排出(スコープ3)のほうがはるかに大きい。まずスコープ2の排出削減を先導し、スコープ3の排出削減に繋げる。そして社会全体の脱炭素化へ向けた動きをリードしていきたい。それがセイコーエプソンの考えである。

小川社長は「早期にやり遂げた再エネへの転換は、自社の目標達成ということよりも、私たちのパートナー企業やその周囲のサプライチェーンへよい影響力を及ぼすという意義が大きいと信じています」と語る。

「カーボンマイナス」や「地下資源消費ゼロ」を達成するには、さらなる技術開発や設備投資も不可欠となるが、小川社長は次のように語る。

「ビジョン実現のため、環境関連へは2030年までの10年間で1000億円の費用を投下します。これには再エネ化関連設備のほか、リサイクル・リユース設備への投資、環境技術開発費などが含まれます。また、環境負荷低減につながる商品を提供することで事業成長を図るため、その研究開発や設備投資にも年間1000億円をかけていきます」

こうした強い決意のもと、セイコーエプソンではさまざまな分野の研究開発を進めている。すでに形になっている研究開発の中で代表的なものが、独自開発の「ドライファイバーテクノロジー」だ。古紙から再生紙をつくるオフィス製紙機「ペーパーラボ」に使われている技術である。

古紙再生には本来なら大量の水が必要。だがこの技術なら、古紙の解繊・繊維化にほとんど水を使わないうえ、用途に合わせて結合、成形などができるため、廃棄物の削減はもちろんさまざまな素材づくりへの応用も可能だ。そのため自社製品の梱包こんぽうなどに使われている緩衝材や梱包材などへ、少しずつ用途を広げていったという。

さらに、まだ実験段階ではあるものの、ドライファイバーテクノロジーでは紙だけでなく布地や糸を再生することも可能という。この技術が確立すれば、古着の処分問題の解決にもつながっていくだろう。紙・衣類・木材などの繊維素材からさまざまな再生材をつくり出す技術なのだ。

東北大学との産学連携「サスティナブル材料共創研究所」

ドライファイバーテクノロジーの可能性はこれだけにとどまらない。近年、環境負荷が少ないとして注目されているバイオプラスチックや再生プラスチックは、通常のプラスチックよりも強度や耐久性が低いという弱点を抱えている。この解消に、同技術が大きく役立ちそうなのだ。

セイコーエプソンでは2023年、東北大学とともに「サスティナブル材料共創研究所」を開設。ドライファイバーテクノロジーを使ってバイオプラや再生プラの強度・耐久性の向上に取り組むなど、より幅広く使える複合再生プラスチック材料の実現を目指して共同研究を進めている。

「研究所では材料開発とともに、一連の流れのビジネスモデル化にも取り組んでいます。再生工場と古紙や布地の回収業者などをつないで、サプライチェーンをつくれないかということですね。そうした研究も含めて、今後も産学連携で地下資源消費ゼロへの取り組みを進めていきます」

金属についても、リサイクル技術の確立を進めている。現在、グループ会社であるエプソンアトミックスでは、不要な金属を金属素材の材料として再活用するための再資源化工場を建設中だ。2025年6月には竣工しゅんこう、稼働を開始する予定だという。

事業活動における商品開発がすべて「環境によい活動」に

一方で、環境負荷低減につながる商品を提供するための研究開発にも余念がない。関連する研究開発や設備投資には前述の通り年間約1000億円を投入し、「『お客様のもとでの環境負荷低減』を実現する環境配慮型の商品・装置を開発していく。そしてその結果、事業活動がイコール『環境によい活動』になるのです」と小川社長は言葉に力を込める。

例えばプリンターにおいては、レーザー方式よりも消費電力が低く、消耗品や交換部品などの廃棄物の少ないインクジェット方式の技術を最大限に活用する。現状、オフィスにおける複合機はレーザー方式が主流だが、これをインクジェット方式に転換していくことで、商品によっては消費電力量を約80%削減できる見込みだ。

一方、布地への捺染印刷のデジタル化なども推進している。今、テキスタイルプリントは版と大量のインクを使うアナログプリントが主流だが、同社の技術を使えばこれをインクジェットによるデジタルプリントに置き換えることが可能だ。環境面でのメリットがあるほか、多品種少量生産にも向いているため、今後アパレル業界での需要拡大が期待できそうだ。

「こうした取り組みが、『お客様のもとでの環境負荷低減』です。もちろんそれは同時に持続可能なビジネスでなければなりません。いかに高い理念を持っていても、経営がうまくいっていなければ実現は不可能で、ビジョンがぐらついてしまう可能性もありますから」

持続可能なビジネスを追求しながら「環境ビジョン2050」の達成を目指して前進する――。日本におけるサステナビリティ経営のモデルとなるべく、セイコーエプソンの挑戦は続く。

「環境ビジョン2050」で加速するセイコーエプソンのサステナビリティ経営