本はどのように読めばよいか。多摩大学大学院経営情報学研究科教授の堀内勉さんは「一冊の本の中にもさほど重要ではない部分が存在する。自分がよく知っていることについて記述している部分やさほど重要でない部分は読み飛ばしてしまってもよい」という――。(第4回/全4回)

※本稿は、堀内勉『人生を変える読書 人類三千年の叡智を力に変える』(Gakken)の一部を再編集したものです。

多読を目標にする必要はない

私が普段どのように本を読んでいるのかを、ひとつの参考材料として述べていきます。

まず、私がいろいろな場面で必ず聞かれる質問に、「これまで何冊くらいの本を読んだのですか?」「どうすればたくさん本が読めますか?」「速読法をマスターしているのですか?」というものがあります。

でも、私としては、なぜみなさんがそれほど多読にこだわるのかが理解できないので、いつも「多読すればよいというわけではないですよ」とお答えしています。

これまで申し上げてきたように、読書とはあくまで自分の問題であって、「何冊読まなくてはいけない」とか、「あの人は何冊読んでいるのだろう?」などと、人と比べる必要はまったくないからです。

本を積み上げたイメージ
写真=iStock.com/DmitriiSimakov
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読んだ本から何かを得られればよい

これについて思い出すエピソードがあります。

私は小学生のときから本を読むのが好きで、ある夏休みに小学校の図書館へ毎日通って本をたくさん読みました。そして、よくある話ですが、「今日は○冊読んだよ!」と母に自慢したのです。読んだ本の内容が身についたかどうかはさておき、たくさんの本を読んだことを褒めてもらいたかったわけですね。

でも、「いっぱい読んで偉いね」と褒められると思っていたのに、母は意外にクールで、「そんなに読んでどうするの?」と言ったのです。

そのときはがっかりしましたが、いま思えば確かに母の言うとおりです。一冊読めば図書館から丸いスタンプをひとつ押してもらえたので、それが読書をする動機づけになっていたのです。子どもの学習を餌でつるということはよくやられていますが、母が言ったとおり、大切なのは読んだ本の数ではありません。

そうしていまも、「『読書大全』の200冊はすべて読んだのですか?」「私は一生かけても読めそうにありません」などと聞いてくる方がたくさんいます。

でも、私からすれば、全部読まなくてもまったく問題ないのです。というか、なぜそれほど最初の一文字から最後の一文字までをきちんと読んだのかと、そうしたことが話の俎上そじょうに載せられるのかが理解できないのです。自分が読んだ本から何かを得られればよいだけのことであって、何冊読んだとか全部読んだとかいうのは、枝葉末節にすぎません。

これは、SNSで友達が何人いるとか何人と名刺交換したなどと自慢するのに似ています。たんに面識があるだけの人の数を増やすよりも、少数の人との深い関係を構築できたほうが、よほどお互いのためになるはずです。

読書も同様で、読んだ本の数など気にせずに、一冊の本を通して著者と深い対話ができればそれでよいのです。

つまり、私たちは自分がより善く生きるために本を読むのであって、その結果、一冊を繰り返し読んで大切にする人もいれば、何千冊も読破する人もいるだけのことです。