大阪の父母とは血がつながっていないという衝撃

事実を知った日の夜は一睡もできなかった。朦朧もうろうとしながら朝を迎えて、ふらふらと家を出てあてもなく街をさまよい歩いた。そして町外れの川に辿たどり着き、衝動的に川に入ってしまう。肩まで水に浸かり、川から上がった時には髪も着物もずぶ濡れ。その姿で河畔の土手を走りまわったというから、誰かに見られていたら大騒ぎになっただろう。いったい何がやりたかったのか、自分でもわからない。尋常な心理状態でなかったことは間違いない。

静子は感情の起伏が激しく、突拍子もない行動にでることが時々ある。反面、切り替えの早いサバサバ系。後悔や未練をいつまでも引きずらない。悩んでいるよりは、悩みの原因を解決するために動こうとする。この時もそうだった。

水に浸かり頭が冷えて平常心を取り戻したところで、これから自分はどうするべきか? と、考えてみた。実父の陳平は亡くなったが、実母はまだ生きているという。まずは彼女と会って話してみることにした。何故、自分を捨てたのか? 理由を本人の口から聞かないことには納得ができない。このまま何もせず大阪に帰れば、後々に絶対に後悔する。

実母は生きていると知ってその家を訪ねてみると…

静子は伯母をさらに問い詰めて、実母である鳴尾の居場所をしゃべらせた。彼女はいま引田の街中に住んでいるという。古びた小学校校舎の裏手にその家はあった。鳴尾は陳平の死後すぐに結婚したが、その夫の姓も「三谷」だった。田舎の集落に同姓は多い、これは偶然の一致だろうか。それとも、三谷家が罪滅ぼしにと縁者に嫁がせたのか?

静子が意を決して格子戸の隙間から声をかけると、中から女性が5~6歳くらいの男の子の手を引いて出てくる。

「あんたはんでしたか……」

それが鳴尾の第一声。引田はさほど広い街ではない。亀井夫妻に連れられて帰省した静子を見かけることもあったのだろう。玄関先に立っている静子を見て、すぐに自分の娘だと気がついたようである。

家の中に通されるが、お互い何を話せばいいのか。気まずい沈黙がつづく。十数年ぶりの対面で緊張していたこともあったのだろうが、実母は顔色が悪く陰気な雰囲気を漂わせる女性だった。小柄でやせ細った体がその印象を強める。この体格は静子も受け継いでいる。自分はこの人から産まれたのだと思えてきた。長い沈黙の後、鳴尾がぼそぼそとしゃべりはじめた。