2012年10月16日(火)

ノーベル賞を取りにくい村上文学の構造

村上春樹になってはいけない【第10回】

PRESIDENT Online スペシャル

著者
助川 幸逸郎 すけがわ・こういちろう
日本文学研究者

助川 幸逸郎1967年生まれ。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業、早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。現在、横浜市立大学のほか、早稲田大学、東海大学、日本大学、立正大学、東京理科大学などで非常勤講師を務める。専門は日本文学だが、アイドル論やファッション史など、幅広いテーマで授業や講演を行っている。著書に『文学理論の冒険』(東海大学出版会)、『可能性としてのリテラシー教育』『21世紀における語ることの倫理』(ともに共編著・ひつじ書房)、『光源氏になってはいけない』『謎の村上春樹』(プレジデント社)などがある。

執筆記事一覧

日本文学研究者 助川幸逸郎
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「男の成長物語」を描けない時代

しばらく前に、「芥川賞受賞作から見た戦後日本」というテーマで講座をやらせていただきました。そのとき、大塚英志という評論家の、つぎのような意見を紹介しました。

「村上春樹の小説では、『スプートニクの恋人』や『アフターダーク』のヒロインをはじめ、女性の登場人物は成長していく。これに対し、男性キャラクターはいつまでもおなじ境地を出られない。『海辺のカフカ』のカフカ少年なんて、母や姉と性的に交わり、象徴的な『父殺し』さえしたというのに、結末になってもまだ『生きることの意味がわからない』などという。

こうした構図は、宮崎駿のアニメにも共通している。ポニョも千尋もきちんと成長をとげるが、男性登場人物は、ヒロインが変わっていくのを見ているだけである。」

私の話が終わると、べつの講座をやったときにお見かけしたことのある男性――70歳ぐらいで、綺麗な白髪が印象的な方――が歩みよって来られました。

「先生、男が成長できなくなったのは、やっぱフェミニズムとかが原因ですかな。男が男らしくあることが許されなくなって――。」

私はこの問いかけにこう応えました。

「それもあるかもしれませんが、とにかく『男じゃなければできない』といわれていたことの大半が、女性でもやれることが証明されてしまいましたから。オーケストラの指揮者なんか、『女は突発事故に弱いから向いていない』といわれていたのに、このごろは有名な女性の指揮者、けっこういますからね。これまでは『女の指図にはしたがいたくない』って、男の楽員が意地を張ってただけってことでしょう。」

男性は、柔和なほほえみをうかべながら、表情とは裏腹の、ドキリとするようなことを口にしました。

「そうなると、徴兵制でも復活させるしかないですかねえ、『男らしさ』をよみがえらせるには。」

このことばを聴いて、男性のうしろで質問の順番をまっていた女性が声をあげました。

「そんなの意味ないですよ、いまどきの戦争は、リモコンで飛行機とばしてやるんですから、男でなくてもできます。」

女性のことばを聴いて、男性はほほえみをうかべたままいいました。

「それじゃあ、『伊勢物語』の在原業平あたりにまなぶとしますかね。漢文は男のものっていうタテマエがあったっていうけど、業平は漢文さっぱりで、腕っぷしが強かったという話も聞きません。それで得意なのは歌と恋、女でもできることだけだったんだから。」

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