「英語プレゼン大会」と思っていたら

去る6月30日、東京・渋谷のヒカリエホールで開催されたTEDxTokyo。無理を承知でこのイベントを一言で言い表すなら、「各界の先端を走る人々によるアイデアの大交換会」といったところだろうか。

壇上に立つのは、クリエイターや科学者から、ビジネスマン、社会活動家、冒険家、パフォーマーまで。1人あたり12分という短い持ち時間の中で、光学迷彩、ワーク・ライフ・バランス、精神疾患と自殺、クリエイティビティを発揮するための習慣づくり、といったさまざまなテーマのプレゼンテーションが次々と展開され、聞く者の脳を揺さぶり続ける。

会場の光景。(写真提供:TEDxTOKYO)

筆者が事前に持っていた「英語によるプレゼンテーション大会」というイメージは、このイベントのごく一面を表すものに過ぎない。確かに大半のプレゼンテーションは英語で行われたし、セッションの合間のロビーや休憩所には「公用語は英語」というムードが漂っていたが、映画監督の河瀬直美氏のように、終始日本語による発表で聴衆に大きな感動を与えたプレゼンテーターもいた。むしろ、35個もの多種多様なプレゼンテーションを、丸一日掛けて受け止めていくその体験こそが、このイベントの醍醐味といっていい。

「とても感銘を受けました。知的にリフレッシュした、という言葉がいちばん近いでしょうか」と語るのは、今回のイベントのパートナー企業の一つ、ソニーマーケティング広報室長の谷口浩一氏だ。「こういう知的なセンスが鍛えられる場所って、日本に他にあるかなと考え込んでしまいますね」

ソニーの若手社員にも聞かせてみたいですかと水を向けると、「もちろん! 誰を送り込めばいいかな……でも、一番見るべきはトップマネジメントにいる人間じゃないかとも思います」と谷口氏。「うちも含め今の日本のメーカーは、ともすれば目の前の課題になんとか対処することで精一杯。テクノロジーに限らず少し先の世界を見て、それに向かってあれこれ考える作業も忘れないようにしなくては」

「とにかくコンセプトが素晴らしい」と語るのは、コンテンツ系ベンチャー企業のニジボックスで執行役員を務める麻生要一氏。「いろんな交流会や業界のカンファレンスにも出たことがありますが、基本的にそういう場所での話はビジネスだけ。ところがここでは、テクノロジーや社会問題、アートも含めたいろんな分野の話を聞ける。知の共有をつくるというコンセプトがはっきりしていると感じます」

「創造性や起業家精神を持つ人たちのハブが、日本にはそれまでなかった」パトリック・ニューウェル氏。(写真提供:TEDxTOKYO)

TEDxTokyoの原型は、「広めるべきアイデアを共有する場」を旗印に、アメリカで始まったTED(Technology Entertainment Design)だ。1984年に発足した当初は、ごく限られた人々によるサロン的な集まりだったが、プレゼンの内容をネット上で公開するようになった数年前から、徐々に一般にも知られるようになってきた。

TEDxTokyoの出発点の一つも、TEDのビデオをみんなで見るために集まった、東京在住の多国籍な人々のサロンだった。それを本家TED公認のローカルイベントの一つに育て上げた1人が、TEDxTokyoの共同発起人であるパトリック・ニューウェル氏だ。ニューウェル氏はある英文ウェブ誌のインタビューの中でこう語っている。「TEDxTokyoの目標は、一つの中心を作ることでした。創造性や起業家精神を持つ人たちのハブが、日本にはそれまでなかった。私たちは、日本に大きな変化をもたらすポイントを突いたという気がしています」

プレゼン体験もさることながら、この「サロン」的な要素も、TEDxTokyoの重要な一部を担っているように思える。当日の会場に入場できるのは、事務局側が事前に招待したゲストだけ(今回はパブリックビューイングの会場も別途設けられていたが)。たとえ招待券を持っていても、同伴者の入場は断られる。

もちろん、同時通訳が用意されているとはいえ、ある程度の英語力も必要だろう。プレゼンの内容はすべて、翌日にはネットで公開されるが、TEDxTokyoというリアルな空間そのものは、必ずしも誰にでもオープンというわけではない。