「いいクルマ」にとにかく立ち返れ

――社長就任から間もなく3年。リーマンショック後の赤字転落、大規模リコール問題、さらに東日本大震災やタイの洪水、円高など、試練が相次ぎました。
トヨタ自動車社長
豊田章男

1956年、愛知県生まれ。慶應義塾高等学校、慶應義塾大学法学部卒業。82年米国バブソン大学経営大学院修了後、アメリカの投資銀行に勤務。84年トヨタ自動車入社、主に生産管理や営業を担当。販売部門への「カイゼン」活動の横展開などを通じ販売改革を主導した。GMとの合併企業NUMMIの副社長を経て、2000年取締役就任、09年6月代表取締役社長就任。

まさに嵐の中での船出でしたが、多くの困難を経験した中で私自身、経営面での急拡大、急降下が最もよくないことだと痛感しました。右肩上がりの時代に、経営陣も含め、社員の意識が少しずつ変わり、「つくりさえすれば売れる」という意識が強かったことも確かです。

将来ではなく、今売れる車にシフトしすぎて、商用車やタクシーなど本当に必要な車や“クルマの魅力”を伝えるようなスポーツカーもなくしてしまった。台数や収益といった、本来、結果であるものが“目的”になってしまったわけです。

もちろん、台数や収益の拡大を否定してはいません。営業担当は台数やシェアを伸ばすのは当然だし、経理担当は収益の確保に努めるべきなのです。ただ、本来、“いいクルマ”をつくるべき開発や生産現場の人間までが数字や台数に縛られてはよくないし、あってはならないことなのです。

――いわゆる大企業病にかかっているといった報道もありましたが、この点をどう“カイゼン”しようと思われますか。

私は社長就任以来、「もっといいクルマをつくろうよ」とだけずっと言い続けてきました。まるでひとつ覚えのようですが、グローバルで働く約30万人のトヨタ社員の意識や企業風土を変えたかった。つまり、誰のために、何のために、トヨタという会社が存在し、クルマをつくっているのか。社内で少し忘れかけていた本来の使命を思い起こしてほしかったからです。結果、ようやく「いいクルマ、いい商品」が出始めてきており、少しは変わってきたなと思うようにもなってきました。

2012年は創立75周年、工販合併30年という節目の年です。長い歴史の中で、この試練の3年間を振り返ってみて、消しゴムで消してしまうのではなく、後々「あの3年間があったから、今のトヨタの礎をつくってくれたのだ」と言われるように誇りと自信を持てるようないい歴史にしたいですね。