ツイッターやフェイスブックなどのソーシャル・メディア全盛の時代。私たちは、断片的なテクストを読むことに慣れている。
確かに、短くてインパクトのある言葉には力がある。一方で、一冊の本を読むということの魅力や意味は廃れない。本を読むことで、初めて、ある考え方や世界観を体系的、有機的に自分に取り入れることができるのだ。
本をたくさん読んだ人は、それだけ広い世界を見ることができる。喩えて言えば、今まで読んだ本が積み上げられて、その高さから世界を見ているようなもの。10冊の本を読んだ人は10冊分の、1000冊の本を読んだ人は1000冊分の高さから周囲を見渡すことができる。だからこそ、さまざまなジャンルの本を「濫読」することも大切になるのだ。
さまざまな本がある中で、ビジネスに関わる人たちが読む「ビジネス書」というジャンルがある。仕事の進め方や、学びの仕方。あるいは、対人コミュニケーションの方法。本屋に行くと、「ビジネス書」のコーナーがあって、多くの人が熱心に読んでいる。「ビジネス書」は、現代人にとってもっとも身近な書籍のジャンルの一つだと言えるだろう。
小学校4年か5年のとき、家にアメリカの実業家、デール・カーネギーのベストセラー『人を動かす』があって、私は熱心な読者だった。なぜ、カーネギーの本を読もうと思ったのか、わからない。私は当時「本の虫」だったから、手当たり次第に濫読した本の中に、たまたま「カーネギー」があったのだろう。『人を動かす』の原題は、「いかに友人を得て、人々に影響を与えるか」という意味。今でも印象に残っているのは、自分が、相手のことに関心を持っていることを伝えろ、自分が喋るのではなく、相手に喋らせろ、そうすれば契約もとれるし、モノも売れるという部分。子ども心に、なるほど、人間というものはそういうものかと思ったのを鮮明に覚えている。
カーネギーの本は、それからもう40年近く読み返していないが、ビジネスに役立つ本というものは、ああいうものだな、という感覚はずっと残っている。単なる方法論ではない。人としてどう生きるか、どのように他人とコミュニケーションをとるか。そんな叡智を伝える本が、ビジネスに役立つのだと思う。
アメリカに行くと、日本で言うところの「ビジネス書」がたくさん並んでいる。このジャンルの本は「セルフ・ヘルプ」と呼ばれるようである。もともとは、19世紀に出版され、福沢諭吉などにも影響を与えたイギリスの作家サミュエル・スマイルズの『自助論』(「セルフ・ヘルプ」)に由来するジャンル名らしい。
ビジネス書に、すぐに使えるノウハウや知識を求める読者も多い。しかし、本当にビジネスに役立つ本は、深い人間観、世界知にあふれているのではないかと思う。他者と関わりながら、人間的に成長していく。そんな、人生のど真ん中の課題に結びついているのが、「セルフ・ヘルプ」の本なのだろう。
経済が停滞し、人々が未来の目標を見いだしかねているようにも見える、今の日本。てっとりばやく効果のある方法を求める気持ちもわからないではないが、じっくりと腰を落ち着けて、自分という人間について考えてみることも大切だと思う。
ビジネスとは、すなわち生きること。本当にビジネスに役立つ本は、読む者に深い感動と「生きていて良かった」という喜びを与えるものでなければならないのだ。