先日、ある雑誌の取材があって、雑談の時間に見本誌を眺めていた。中に、「計算力を高める」というような特集記事があった。

私が、「へえ、案外面白い問題が載っていますね」と感心していたら、同席していたライターの方が、「あっ、私、そういうのダメなんです。見ているだけで、いやな気持ちになってきて」と言った。

数字に苦手意識を持っている人は実際多い。そのライターは女性の方だったが、男女の別なく、計算や数字が苦手だと思い込んでいる人はいる。

現代社会は、ある意味では「数字」のかたまりである。コンピュータやインターネットの発達により、ビジネスのあらゆる場面、生活の至るところに「数字」が入り込んできている。かつてのように、「私は文系だから数字は苦手で」というような言い訳が、通用しにくくなった。

数字が苦手な人の中には、現代文明に圧迫を感じる人もいるかもしれない。しかし、発想を切り替えれば、前向きになれる。そもそも、脳科学的に言えば、生まれつき「数字が苦手」な脳があるわけでは、決してないのである。

有名な事例があって、ある人が、学生時代、特に計算が得意ではなかったのだけれども、あるときふと思いついて、一念発起、暗算の練習を始めた。毎日飽きずにやっていたら、次第に得意になった。ついには、人々の前で暗算をしてみせて生活をするまでになったのだという。

その人の脳を調べてみたら、普通は計算には使わないような脳の部位まで「総動員」して計算をしていた。毎日練習したおかげで、脳の神経細胞のつながり方が変わる「可塑性」を通して、計算をする機能が高まったのである。

もちろん、人前で暗算をしてみせて生活を立てる、というレベルまで数字に強くなる必要が誰でもあるわけではない。それでも、「数字が苦手」という人でも、「数字が得意」になる可能性があることは、知っておいたほうがいい。

「1万時間の法則」という経験則がある。イギリスに生まれ、カナダ育ち、現在はニューヨークに住んで数々のベストセラーを発表している作家マルコム・グラッドウェルがその著書の中で触れて有名になった。どんな分野でも、1万時間やると、能力が開花する。英語でも、プログラミングでも、ヴァイオリンでも、1万時間やれば、かなりのところまでいけるのである。

1万時間といえば、目安として、1日3時間取り組んだとして10年間。数字に限らず、何か苦手意識を持っているものがある人は、「1万時間」の法則から、自分の人生を振り返ってみてはどうか。

例えば、なかなか英語が話せない、という人がいたとする。日本の学校英語、受験英語では、話す機会がそう多くはない。人生で振り返って、一体自分はトータルでどれくらい英語を話してきたろうと、考えてみればいい。

上達しないことを嘆く前に何時間取り組んだかを振り返るべし。(PIXTA=写真)

たいていの人は、せいぜい実質10時間くらいなのではないか。それでは、うまくなるはずがない。

人生の様々な側面で、数字を通すと本質が見えることはよくある。なかなかいい相手に巡り会わないと嘆いている人は、年間何人くらい新たに親しくなる人がいるか、数えてみればわかる。10人くらい、ということだったら、その「サンプル数」は「運命の人」に出会うには足りない。

数字はしばしばビジネスや人生の本質を明らかにする。だから、苦手意識を持つのは損である。今からでも遅くない。数字に親しもう。1万時間も、1時間から始まるのだ。