日本人の2人に1人ががんになる時代。がん治療においては、抗がん剤を恐れる人が多く、さまざまなデマが流布されている。内科医の名取宏さんは「抗がん剤も副作用対策も、その他の薬物療法も進歩している。現在の正確な情報を得てほしい」という――。
治療室
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信憑性が低い「99%以上」という数字

2022年9月、ウクライナの4州でロシアが「住民投票」を行ったところ、ロシア編入への賛成票が圧倒的多数を占めたというニュースが流れてきました。東部ドネツク州では、なんと99%以上が賛成票だったそうです。もともと親ロシア派の住民もいたとは聞きますが、さすがに99%は数字を盛りすぎです。信憑性しんぴょうせいを増すためには「過半数を超えた」とでもしておけばいいのに、ここまで数字を盛るのは海外の評判を気にしてはおらず、ロシア国内向けのプロパガンダのためだからでしょう。

どうも何かに似ていると思ったら、ずいぶん昔からある「がん治療」に関する定番デマにそっくりでした。医師に「『あなたががんになったとき、自分に抗がん剤を使うか?』と尋ねたところ、99%以上が自分には抗がん剤を使わないと回答した」というものです。

百歩譲って、このデマの通り本当に「医師たちが効かないことを承知で金もうけのために抗がん剤を使っていた」と仮定しても、そうした医師たちが果たして質問に正直に回答するのかどうかを考えてみましょう。私がデマを作るなら、もうちょっと信憑性のある数字にします。これも「ニセ医学」支持者に向けてのプロパガンダのためのもので、広く一般へ向けているわけではないから極端な数字なのかもしれません。

抗がん剤を使うかどうかは条件による

実際のところ、抗がん剤を使うかどうかの判断は、がんの種類、進行度(病期)、患者さんの状態や年齢などの条件によって全く違います。手術で取り切れるステージIの早期胃がんなら抗がん剤は使いませんが、抗がん剤治療がよく効くタイプの悪性リンパ腫なら抗がん剤を使います。ですから、医師に「あなたががんになったとき、自分に抗がん剤を使うか?」といった大雑把な質問をしても答えようがありませんし、意味がありません。

あるいは調査が行われた時代にも注意が必要です。がん治療は大きく進歩しています。もしも私が30年前に「根治切除不可能なステージIVの大腸がんに対して抗がん剤を使うか」と質問されたら「使わない」と答えたでしょう。しかし、現在なら有効な抗がん剤がありますので、私は「使う」と答えます。

抗がん剤治療の目的もさまざまです。悪性リンパ腫などの血液系のがんは抗がん剤がよく効き、再発なく寛解することも期待できます。一方、根治切除不可能な大腸がんに対する抗がん剤治療の主な目的は完治ではなく、延命と症状緩和です。手術と抗がん剤治療の両方を行う「補助化学療法」で手術の範囲を小さくしたり、再発の可能性を下げたりする治療もよく行われています。