若者は証券取引所に足をとられず、ユニコーンを目指せ

たとえば10年前は身軽なスタートアップだった企業が、上場したとたんに面倒くさいロートル企業に変身してしまうことがずっと不思議だった。それも証券取引所の規則が昭和のままだからではないか。

上場するにあたって、どうしても昭和的手法に従うことになり、昭和を知っているオジイサンを管理部門に採用する。そのオジイサンたちが全部門に昭和を強要するのだろう。

かくて当初は身軽なスタートアップだった企業で、昭和の再生産と相成るわけだ。

「企業の昭和化」に暗躍していると思われる日本の証券取引所。そんなものに足をとられないように、若者はユニコーン(評価額が10億ドル=約1150億円を超える未上場のスタートアップ企業)を目指すべきだろう。

ユニコーンに乗るビジネスマン
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日本にGAFAMのようなイノベーティブな企業が存在しない遠因の1つも、ひょっとしたら日本の上場制度にあるかもしれないのだ。

東芝は「単一」事業会社をつくるべきだった

最近、「東洋経済オンライン」で「『日の丸半導体』が凋落したこれだけの根本原因」という記事を読み、深刻に受け止めた。

このままだと日本は半導体どころか、発電システム部門、公共インフラ部門、二次電池部門なども国際競争力を失う可能性が高いと思ったからだ。

たとえば記事には、こんな記述がある。

「投資などを決めるのは本社様で、半導体のマーケットをわかっている人間が(投資の)賭けに打って出ることはほとんどできなかった。しかも、半導体が儲かったときは(利益を)全部吸い上げられるし、損をしたときは(事業を)止めろと言われる」と。

外国人投資家は、そうした昭和型大企業のコングロマリット(※1)体質を見抜いている。本社に鎮座ましますサラリーマン上がりの素人経営者が素人判断をしている。だから資本効率が悪いだけでなく、そもそも経営判断が稚拙なのだ。

東芝はまさにそういう会社だった。本来ならファンドが買収してバラバラに解体し、それぞれの事業にプロの経営者を雇い入れる一方で、東芝本体は三菱重工やNECなどの部門を買収して国際競争に勝てる「単一」事業会社をつくるべきだった。

しかし、そうした大ナタを振るうことはなく、スピンオフを報じられるに至っている。

悪い例は東芝だけではない。2011年の日立と三菱重工の合併話は、三菱重工のOBによって阻止されたといわれている。本社に鎮座する素人サラリーマン経営者どころか、隠居しているはずのオジイサンたちが経営を左右していたわけだ。

もし、この合併が行なわれ、事業単位で複数の単一事業会社が生まれていたら、様相はまったく違ったものになったはずだ。

東芝のファンド買収も、日立と三菱重工の合併話も、阻止された裏には経産省や政治家がいたと推定されている。昭和型大企業は国とオジイサンによって延命されても、いずれ滅びる。しかし延命コストのツケは、低成長経済という形で国民に押し付けられるのだ。