普天間移転問題に関して、日米両政府が「グアム移転」と「辺野古移設」を切り離したことで「普天間の固定化」がいわれている。しかし、実は辺野古案は昔からアメリカ側にあった計画であり、普天間撤去は米兵の犯罪や立地の危険性等々が理由。グアムは米軍の軍事再編計画の一環……と、本来別々だったこれらの案件が、当局のメディア操作で同一のパッケージであるかのごとく印象付けられてきた。プレジデントオンラインでは、2年も前にその一連の事情を描いた短期連載「普天間の闇」(プレジデント誌2010年3月29日付号、5月3日付号、7月19日付号)を今、当サイトに再掲載するのは意義のあることと判断、3回にわたってお送りする。

※この記事は第3回です。

“強制着工”なら、流血の可能性も

「両政府は、オーバーランを含み、護岸を除いて1800メートルの長さの滑走路を持つ代替の施設をキャンプ・シュワブ辺野古崎地区及びこれに隣接する水域に設置する意図を確認した」(外務省仮訳)

米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)返還の条件として注目されてきた代替施設の建設地について、5月28日に発表された日米安全保障協議委員会の共同声明に書き込まれたのがこの一文だ。

普天間基地を抱える宜野湾市の伊波洋一市長はどうみるか。

「最初から県内のキメ打ちでした。官房長官を中心に手腕も不十分。安全保障は素人では無理です。また、在米日本大使館も機能させ切れませんでしたね」

「最低でも県外。可能なら国外」と発言して沖縄に大きな期待を抱かせ、県民を「その気」にさせた鳩山由紀夫前首相は、紆余曲折の揚げ句、県内の、しかもそれまで「現行案」とされてきた名護市辺野古に設置場所を戻したことで、世論から情念の猛反発を喰らいあえなく辞任。9月末までの任期で登場した菅直人新首相は、就任会見で「今回の合意を踏襲する」と述べた。これで辺野古での基地新設の方針は確定したかにみえた。

が、普天間問題はまだ終わっていない。共同声明が実現するまでに、実はまだ数々の不確定要因が残されている。