“引き裂かれた未来”抱える愛子さまと悠仁さま

「天皇か、一般国民か」――。目がくらむような“引き裂かれた”未来が、敬宮殿下の前に長年にわたって横たわり続けてきた。ご自身の努力が及ばない理由で(皇室典範の改正は国政事項だから)、ご自分の未来が不確定な宙ぶらりんの状態のまま、敬宮殿下はこれまですごしてこられたことになる。当事者の立場になって考えると、残酷この上ない話だろう(敬宮殿下の未来が不確定ということは、秋篠宮殿下や悠仁親王殿下の未来も不確定であることを意味する)。

さらに、今年の1月に政府が国会の各党・会派での検討に委ねた「皇族数の確保」策では、内親王・女王はご結婚後も皇族の身分を保持される一方、ご結婚相手もお子様も皇籍を取得できず、一般国民として位置づけられるという“家族の一体性”をぶち壊す無茶苦茶なプランになっている。

“愛子天皇”の可能性も織り込んだ子育て

では、そのように敬宮殿下のご将来が不確定な状態にあって、天皇陛下はどのような方針でご養育に当たられたのか。これについて、共同通信の大木賢一記者が次のような記事を書いておられる(47NEWS3月30日、10時02分配信)

「天皇陛下は05年(平成17年)の記者会見で愛子さまの養育方針について質問され、『どのような立場に将来なるにせよ、1人の人間として立派に育ってほしいと願っております』と答えた。

当時は、小泉政権により女性天皇実現を目指した皇室典範改正が議論されていた時期。愛子さまが『将来の天皇』となる可能性も考えられていたことがうかがえる」

たしかに「どのような立場に将来なるにせよ」というのは、現行典範の規定とは「違う“立場”になられる」可能性を考慮しておられなければ出てこない表現だろう。

天皇陛下はこの時のご会見で、アメリカの家庭教育学者のドロシー・ロー・ノルト(ホルト)の「子ども」という詩を紹介されている。その上で、「家庭というコミュニティーの最小の単位の中にあって、このようなことを自然に学んでいけると良いと思っております」とおっしゃっていた。その一部を掲げる。

「批判ばかりされた 子どもは
非難することを おぼえる

皮肉にさらされた 子どもは
鈍い良心の もちぬしとなる

しかし、激励をうけた 子どもは
自信を おぼえる

寛容にであった 子どもは
忍耐を おぼえる 

友情を知る 子どもは
親切を おぼえる

可愛いがられ、抱きしめられた 子どもは
世界中の愛情を
感じとることを おぼえる」

バッシング、不登校…辛い経験

敬宮殿下のこれまでの歳月には、お辛いご経験がいくつもあった。何より、母宮の皇后陛下が皇太子妃だった平成時代には、週刊誌などから理不尽なバッシングを受けられ、ご療養生活は今も続いている。このことは、最も悲しいご経験だろう。

そのバッシングが敬宮殿下にまで“飛び火”したような場面さえあった。また不登校の時期や、痛々しいほどお痩せになった時期もあった。