人に頼るより、人を恐れる社会になっていく

先日、こんなことも目撃した。

JR新橋駅のホームで、高齢の大柄な男性が体調悪そうに立っており、それを小柄で上品そうな同年代の奥さんが必死になって支えていた。今にも倒れそうな男性の横を大勢の人が気づかぬように、横切っていく。

見るに見かねて、声をかけると、奥さんは最初、「大丈夫ですから」とサポートを固辞された。「本当に大丈夫ですか」と私が畳みかけると、申し訳なさそうに、「(夫の)気分が悪いので、休ませたい」と言う。しかし、近くにベンチはない。私が片方の肩を持ち、何とか連れていけないかと考えていると、幸い、通りがかった中年の男性が、「私がおぶって運びますから」と助け船を出してくれた。ちょっと離れたベンチまで運んで、高齢男性を座らせたが、男性は本当に具合が悪そうだ。

「救急車を呼んだほうがいいかもしれませんよ」「ほかに何かできることはありませんか」と声をかけたが、奥さんはとにかく恐縮しきりで、「申し訳ありません」とひたすらに頭を下げて謝り、「お名前を教えてください」と私たちに何度も繰り返すばかり。まるで、助けを求めることが「迷惑」であり、すべてを自分たちで解決しなければと思い込んでいるかのような様子に、胸が締め付けられた。

2021年7~9月、JRを含む交通事業者83社合同で「声かけ・サポート」運動を展開した。だが、こうした啓発活動もむなしく、人々は「自己責任」「迷惑」という意識に縛られ、ちょっとしたSOSサインを出すこともためらう人がいる一方で、助けたくても「かえって迷惑かも」「お節介かな」「嫌がられるかな」などと遠慮して、声をかけられない人がいる。

職場では異性社員の容姿をほめてはいけない。結婚しているかどうかを聞いていけない。就活の面接では学生に好きな本を聞いてはいけない(「就職差別」につながる「不適切な質問」として厚生労働省が質問しないように指導している)……。昨日までは許された言動が、今日はご法度になっている。

どんどんと変わる「コミュニケーションの常識」になかなかついていけないから、口を閉じるしかない。特に、リスク回避志向の強い日本では、人付き合いがもはやリスクでしかないと、「人の断捨離」を推奨するなど、他人を遠ざける風潮も広がっているように感じる。

近所の付き合いも地域の縁も失われ、核家族化が進み、個のアトム化(孤立化)が加速する。人のつながりは希薄化し、他人との垣根は日に日に高くなっている。そして、人に頼るより、人を恐れる社会になっていく。

その結果として、日本では「他人恐怖症」の傾向が非常に強くなっている。ある調査によれば、「初めて会う人と話すこと」が苦手な人は63%にも上るという。

旅行サイトExpediaの調査で、機内で知らない人に話しかける割合は、日本人はたった15%で、堂々のワースト1位だった。トップのインド(60%)、メキシコ(59%)、ブラジル(51%)、タイ(47%)、スペイン(46%)と比べてもその差は歴然だ。

機内で手に消毒ジェルを出している女性
写真=iStock.com/xavierarnau
※写真はイメージです

ちなみに日本以外の下位5カ国は、韓国(28%)、オーストリア(27%)、ドイツ(26%)、香港(24%)で、それでも日本とは、10ポイント近くの差があった。

一方で、機内の迷惑行為に対して、何も言わずに黙っていると答えた人の割合は、日本人では39%と、世界一「我慢強い」側面が浮かび上がった。