執筆者はその都度代わり、五輪関連はスポーツ部長を経験し、五輪7大会を取材してきたベテランの西山良太郎。だが西山は、「五輪への思い入れが強いだけに『アスリートのことを考えたら中止なんて安易に言うべきではない』と、当初は中止にまで踏み込むことには否定的でした」(スポーツ部関係者)

だがそんな論説委員室の空気を一変させたのが山腰のコラムだった。

複数の論説委員が「社説で書くべきだ」と主張し、ある委員は「いま中止の社説を書かなければ、負の遺産として歴史に刻まれる」とまでいったそうだ。

「そんな社説を書くならスポンサーを降りるべきだ」

20日頃には原稿の雛形ができたが、その存在を知っていたのはごく少数の幹部だけだった。そして25日夕方、五輪中止社説が出ることを知った編集局は混乱に陥り、午後7時20分から始まったデスク会議は、全国各ブロックの本社の部長たちもリモートで参加し、次々に声を上げたという。

「なぜ今日載せる必要があるんだ!」「社説の中に、朝日が五輪のスポンサーであることを明記すべきではないか」「取材現場での影響をどう考えているのか」

現場からの意見を論説に伝えるとして一度中断し、8時45分から二度目のデスク会議が始まり、そこで編集局トップの坂尻信義ゼネラルエディター兼編集局長が、「『あの社説は組む』と。非常に残念ですが、仕方がない。(論説側は)ああいう社説が出てもしっかり報道してほしい、ということでした」と話したそうだ。

現場の混乱が見て取れるようである。9時31分、オリパラ専任部長兼社会部長が東京本社の社会部員に一斉メールを送った。現場の記者からは、「そんな社説を書くならスポンサーを降りるべきだ」という声が上がったというが、当然であろう。

朝日新聞は、同時に、スポンサーは継続するという見解もホームページに出している。

社内の人間でも、事の経緯をここまで知る者は少ないのではないか。週刊文春の取材力には脱帽するが、次の記述を読むと、五輪中止社説はある意図を持って、この日に掲載されたのではないかと推測したくなる。

「さらに同じ日、今年三月期決算で創業以来最大となる四百四十一億円の赤字を出したことも発表された」