「妻として、母親として資格なんかないのです」

サラ金苦を理由とする自殺や犯罪の増加を重く受け止めていたのが、警察庁だった。

同庁は、貸金業が犯罪や自殺・家出の温床になっているとの認識から、1978年に貸金業の利用に関連する自殺・家出状況を調査している。その結果を示したのが図表3である。これによると、自殺や家出といった多重債務者の極端な行動には、明瞭な男女差が存在した。まずは女性の側の事情から見ていこう。

図表3によると、女性債務者の自殺者数18人に対し、家出人数は370人で、圧倒的に家出が多かった。過剰な債務を背負った女性たちは、自殺の衝動を抑制しうる程度には理性的な状態を保ちながらも、家出に走る可能性が相対的には高かった。なぜ彼女たちは家を出なければならなかったのか。借金を苦に家出したある主婦は、家族に向けて次のような手紙を書き送っている。

「最初に、だまって家を出た事をゆるして下さい。あやまってすむ事ではないこともわかっています。どんなにせめられても、ののしられてもしかたのない事です。又、多額の借金を残した事も申しわけありません。

前に話をした時に、あんなにこれだけかと言われたのに、額が大きすぎて、とても言えませんでした。結果的には、言わなかったのがもとで、ふえることになりました。自分ではどうにも出来ない事もわかっていたのに。

家を出てからというもの、一人で居るという事のさみしさといい、つらい事といい、これもみな自分自身のまいた事。今、罪をうけているのだと思います。

暗くなるのを待って、なんべんも家の近くまで行きました。こんな不祥事をおこして家を出たわたしが、二度とあなたや子供達の前に姿を現してはいけない事もわかっています。夜になり、7時、7時30分、8時と時間がたつにつれて、どんなテレビを見ているのかなあ、9時になると、もうねたかなあと思うだけで、涙があふれてとまりません。

これもみな自分が悪いのだと思うばかりです。

会社も改築して、これからだというのに申しわけありません。こんなわたしなんか、妻として、母親として資格なんかないのです。みんなのそばにいない方がいいのです。」(甲斐1982)

資格喪失という認識が女性を家出させていた

21世紀に入ってからの調査だが、宮坂(2008)は、多重債務問題を「家族には言えない・言いたくない」者の比率や、多重債務問題を契機に「別居や離婚の話が出ている」者の比率は、男性よりも女性の方が高かったと報告している。女性の方が婚姻解消のリスクが高く、多重債務問題を打ち明けにくいという構造があり、そのことがこの手紙にもよく表れている。