「在宅勤務中の残業は原則禁止」の問題点

在宅勤務に関しては別の懸念もある。東京労働相談センターにはテレワーク中のIT企業の今年4月入社の新入社員から「社長から事務所の賃貸料も定期代も必要ないから事務所を閉鎖し、全部テレワークに切り替えるというメールがあった。どうすればよいか」という相談が舞い込んだという。同センターの柴田和啓所長は「在宅勤務させることのうま味を知った経営者も少なくない。今後は極端に言うと雇用しない、つまり社会保険料を支払わないですむ個人請負化に走る経営者も出てくるかもしれない」と指摘する。つまり、社員を労働者として雇用するのではなく、個人事業主として業務委託契約を結び、使用者責任を免れる企業が出てくる可能性もあるという。

また、在宅勤務であっても企業は厳格な労働時間管理が求められる。当然オフィスと同様に所定労働時間を超えて働けば残業代を支払う必要がある。前出の損害保険ジャパンの調査によると、残業時間は「変わらない」が35.7%、「以前より増えた」が10.5%。計46.2%が残業している。

しかし、在宅勤務中の残業は原則禁止、あるいは許可制にしている企業も少なくない。その理由は、厚生労働省のテレワークガイドライン(2018年3月)で「テレワークを行う際の時間外・休日・深夜労働の原則禁止」を謳い、残業する場合は許可制にすることを就業規則に明記することを求めているからだ。

サービス残業を放置しておくと、時間外労働の罰則付き上限規制(大企業は2019年4月、中小企業は20年4月1日施行)違反のみならず在宅勤務による過重労働問題に発展しかねない。

許可制の場合、「在宅勤務をさせてもらっている」という負い目から残業申請をしないでサービス残業をしている可能性もあるし、成果による評価が進むことで真面目で優秀なタイプの人材ほど成果を出すためにオーバーワークになる危険性も指摘されている。オフィス勤務時でもサービス残業は問題になっていたが、在宅勤務になるとさらに増える恐れもあるのだ。

社員の健康を守るには「残業を原則禁止」とするのではなく、貸与したPCやタブレット端末と勤怠管理システムを連動させて従業員の仕事ぶりを把握し、長時間労働を是正することと同時に、やむをえない残業を認めていく柔軟な姿勢も必要だ。たとえばリコーは今年3月に就業規則を変更。従来は1日1時間までとしていた在宅勤務の残業時間の上限を撤廃している。同様にベネッセコーポレーションも原則残業禁止のルールを撤廃している。

労働者個人としては、自分の健康のためにもこれまで以上に時間内に成果を出すことを意識すること、場合によっては業務量の相談をしていくことなどが、一層大切になる。

自律的な働き方と正当な権利主張が必要に

最後に④の成果主義はより強まるだろう。社員の行動が見えにくい在宅勤務で問われるのは、一定期間内に指示された業務をこなしたかという「目に見える成果」である。じつは在宅勤務中心の働き方に合わせて「ジョブ型」人事制度に移行する企業が徐々に増えている。日立製作所も来年4月から一般社員層に導入する。

欧米で主流のジョブ型はあらかじめ職務内容を細かく規定した「職務定義書」(ジョブディスクリプション)を社員に明示し、職務の達成度合いを評価する仕組みだ。社員の行動が見えにくい在宅勤務はジョブ型と相性がよいという利点があり、欧米で在宅勤務が機能している理由の一つになっている。ジョブ型になれば、仕事と関係のない家族手当、住宅手当などの属人手当が支払われないのが一般的だ。

そうなると給与を増やすには今まで以上に成果を重視した働き方が求められるが、この点、プライベートとの両立などで限られた時間で成果を上げることを意識してきた女性にとっては、むしろ有利になるとみることもできるだろう。

在宅勤務中心の働き方はメリットだけではなく、リスクも伴う。「時間と場所にとらわれない自由度の高い働き方」を実現するには、在宅勤務に伴う費用や残業代、成果への正当な報酬を含めて得られるべき権利は堂々と会社に主張すること、同時に目標達成のための自律的な働き方がより一層求められるだろう。

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溝上 憲文(みぞうえ・のりふみ)
人事ジャーナリスト

1958年、鹿児島県生まれ。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。著書に『人事部はここを見ている!』など。