■山本広大さん(仮名) profile
年齢:50歳
年収200万円
貯蓄ほとんどなし。
住居蒲田のネットカフェかサウナ。
月の生活費20万円
10年後のビジョン借金返済のめどがつき、危険が去ったらアパートを借りて、住民票をつくり、本名で暮らしたい。そして、別れた家族に連絡をとりたい。

元経営者だった山本さんの現在の住まいは、ネットカフェの一室。他の常連客とも話すことはなく、体を伸ばして寝ることもできない。少し余裕のあるときは、1日2000円程度のサウナに泊まることもある。

夜9時~朝まで働いて、近くのネットカフェかサウナで寝る。もう2年半、そんな生活を続けているという中年「ネットカフェ難民」、山本広大さん(仮名、50歳)。もともと夜の世界の住人ではなかったが、今はある事情から仮名で東京・蒲田のスナックに勤めている。給料は日払いで1日1万円だが、3食外食だからほとんど手元には残らない。今回の取材にあたって本名を名乗った山本さんは、「この名を口にするのは4年ぶり」と話す。

「カードも銀行口座も、住民票もなく、自分が存在する痕跡を残せない状況。けれど、取材を受けたのは自分の状況を誰かに話したかったから……」

山本さんは東京生まれ。大手デベロッパーの下請けで技術業務を受け持ち、若い頃は生活も安定、結婚して2人の子どもにも恵まれ幸せな人生だった。

そんな中、数年前に一念発起し、母の実家がある東北の主要都市で個人事務所を立ち上げることに。技術知識や営業には自信があるが経理は素人だったため仲間を探した。そんなとき、地元で知り合った友人のグループが全面協力を約束。母の故郷という安心感もあり、勧められるまま金をかき集めて起業したが、逆に利用され借金を背負わされることになってしまったのだ。

「後からわかったんですが、そいつらは実はヤクザで、最初から私をハメるつもりだったんです。開業資金はすべてヤツらのフトコロに入りました」

東京の知人、ノンバンクなどから借りた1000万円近くの金はすべて山本さんの負債となり、取り立ては子どもの学校にまで及んだ。妻とも離婚し、今、家族とは連絡がとれない状態だ。

「もし居場所がばれれば、自分だけでなく家族に危害が加えられるかもしれないし、負債を肩代わりしてくれた人にも顔向けできない。だからここで偽名での暮らしを続けてるんです」

詐欺にあった直後、父も病死。不運に不運が重なり、1年ほどで何もかもを失った山本さんはある決意をした。

「自分を騙したヤツらを全員殺す、という結論にたどり着いてしまった」

しかし、そこで救いの手を差し伸べてくれたのが東京の古い友人だった。「戻ってこいよ」という一言で、山本さんは着の身着のまま東京行きの夜行バスに乗る。友人の家に身を寄せ、彼が経営する飲食店で働くことになった。

「あの一言がなければ自分は刑務所行きだったでしょう。本当に感謝しています」と山本さんは当時の心境を語る。

しかし、その友人も1年後に急死。再び家と仕事を失った山本さんは、数カ月の路上生活を経て、今の職にありつくことができた。毎日働く場所があり、何とか食べていけるだけでもまだましだと言う。

「あと3年ほど働いて危険が薄れ、借金返済のめどがついたらアパートに住みたい。子どもたちにも逢えたら」と山本さんは、わずかな希望を覗かせる。

ネットカフェは、パソコンが置かれた個室で漫画とフリードリンクが楽しめるスタイルが一般的。漫画を読む目的が一般的だったが、最近は家なき人々の宿泊所にも。
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ネットカフェは、パソコンが置かれた個室で漫画とフリードリンクが楽しめるスタイルが一般的。漫画を読む目的が一般的だったが、最近は家なき人々の宿泊所にも。

全国のネットカフェには今、山本さんのような家なき人々が寝泊まりし、「ネットカフェ難民」となっている。厚生労働省が行った調査によると20代についで多いのが50代だ。

「いわゆるワーキングプアの人々が、近年の構造改革の中で突然職を失うなどした場合、立ち直れずに難民化するケースが多いんです。実際、ナイトパックの料金が1500円程度というネットカフェに寝泊まりできる人は、不定労働者の中でも比較的収入がある人。けれど、敷金、礼金に充てる貯金がないからアパートに入れないんです」

と、家なき人々の自立支援NPO法人「自立生活サポートセンター・もやい」の湯浅誠事務局長は語る。やはり低学歴で派遣等の職種で働いていた人が大多数。人脈も知識も乏しく、わずかな不安定要因ですぐ孤立してしまう。「もやい」では、彼らを再起させるため、アパート入居の連帯保証人を提供し、入居後も共通の課題を抱える当事者同士が交流する場をつくっている。

しかし、前出の山本さんのケースは、こういった人々とは一線を画する。実際、一定以上の能力も情熱もあって起業を目指し、「自分がこんな目にあうとは夢にも思わなかった」という山本さんのような人が、なぜこうした状況に陥ってしまったのだろう。ひとつには、ビジネスを取り巻く「人間関係」の変化がある。互いに助け合うことが美徳とされた日本社会にも、競争社会、格差社会へ移行する中で、他人に迷惑をかけてでも自分だけは生き残る、あるいは他にも先んじて優位を保ちたいという人、そして企業が増えた。

そんな中で、低学歴で仕事の専門性や人脈の乏しい人々だけではなく、山本さんのように、狭い専門分野で懸命にやれば安定した将来が続くと信じた人々も同じく搾取される。特に公共事業の激減した地方の主要都市では、その傾向が著しい。地方で真面目に働いて豊かに暮らすという夢は、今やそう簡単に実現しなくなってきているようだ。「本当に手がけていた仕事が大好きだった」と語る山本さん。しかし、彼は、そんな悪夢にはまってしまった。

だが一方で、ネット上では救いの手も差し伸べられている。新たな「人と人とのつながり」を得て、悩みを打ち明け、新たな「自分再生」の道を絶えず模索することも可能だ。まずは、それを考える自分自身の「家」を取り戻すことが始まりだろうか。