出版業界が海賊版サイトのブロッキングを求めた
わが国の知的財産戦略はどうなっているのでしょうか。さまざまな課題が明らかになっているにもかかわらず、戦略の不在、政策の不備という政治の問題によって、事態は悪くなる一方に思えます。
このほど、「漫画村」などまんがを違法配信する海賊版サイトの問題が注目を集めました。この問題について政府の対応は驚くほど早いものでした。ひとつの発端と考えられているのは、4月2日の知的財産戦略本部・コンテンツ分野の会合で、カドカワの川上量生社長が海賊版サイトのブロッキングを求めたことです。その結果、4月13日、知的財産戦略本部・犯罪対策閣僚会議が「インターネット上の海賊版サイトに対する緊急対策」を発表しました。このなかで、海賊版サイトのブロッキングに対して、<民間事業者による自主的な取組として、「漫画村」、「Anitube」、「Miomio」の3サイト及びこれと同一とみなされるサイトに限定してブロッキングを行うことが適当>とされたのです。
こうした動きが決まった経緯は明らかにされていませんが、関係者の証言を付き合わせると、一連の動きを取りまとめたのは、自民党の知的財産戦略調査会の会長を務める甘利明衆院議員と、内閣総理大臣補佐官の和泉洋人氏であったようです。
ブロッキングは、電気通信事業法4条に違反するだけでなく、日本国憲法の第21条2項「検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない」に抵触する恐れがあります。海賊版サイトの取りつぶしのために、大量の私的な通信を閲覧し、一部を遮断するのは検閲にほかなりません。このため、すでに2月16日には弁護士の森亮二氏が「ブロッキングの法律問題」という資料を官邸に提出していました。それでも「緊急対策」が行われたわけです。
被害額4000億円という過大な試算
最大の論点は、「海賊版対策をするな」「海賊版を守れ」ということではなく、「海賊版対策のために必要な法改正・法整備を行うべき」「憲法抵触や業法違反を正しく正当化するならば、緊急避難がどうしても必要だというところまで手を打ってからにするべき」というものです。
同じく海賊版に悩まされてきた映像、音楽、ゲームなどの諸産業の海賊版対策は、国内・海外ともに完璧ではなくとも一定のコントロール下にあります。コンテンツを入手しやすい仕組みを構築したうえで、ライブやグッズ、フェスなどコンテンツ販売以外の収益機会を広げてきました。海賊版の撲滅は難しくても、海賊版が蔓延して産業として立ち行かなくなる事態は避けられている、ということです。
一方、まんがの海賊版については、一般社団法人コンテンツ海外流通促進機構(CODA)が流通額ベースの被害額として約4000億円という試算を政府に提出しています。この数字の大きさがブロッキングの議論を大きく推進させましたが、過大な見積もりと言わざるを得ません。
出版科学研究所によれば、2017年のまんが市場は前年比2.8%減の4330億円。紙に印刷されたコミック本(コミックス)やコミック誌に限って言えば12.8%減の2583億円です。紙のコミック全体は16年連続のマイナスで、二桁減は過去最大の落ち込みです。しかし被害額が流通額とほぼ同等というのは、ほかの市場では聞いたことがありません。