「赤字覚悟、誰かが始めないと」浪江町に飲食店がオープン

同じく浪江町で3月1日、新しい飲食店がオープンした。「なみえ肉食堂」。エゴマの種を飼料にまぜた「エゴマ豚」を取り扱う。経営する渡辺貞雄さん(58歳)は開店初日から「商売としては捉えられないです。赤字は言うまでもないでしょう」と話した。

(左上)入り口に「空室」と張られた部屋が並ぶ高久第9仮設住宅。(右上)なみえ肉食堂の渡辺さん(一番右)ら。「赤字でしょうね」と笑う。(左下)退去を迫られる松本義道さん(左)と妻の良子さん。(右下)ポツンと残る、津波の爪あと。

開業日、訪れた客のほとんどが建設や復興関係で浪江町に来ている町外出身者だった。一方、地元の住民はほんの1割程度だったという。

渡辺さんはこの店のほかに福島市で別の飲食店や精肉店を複数経営している。そこで客として来ていた浪江町からの避難民と出会い「町を戻したい」と願う熱い心に動かされたそうだ。

「私に何かできることがあればということで、最初は生鮮品を扱うことを考えましたが、物流が確立できなかった。だから、精肉店を営んでいる強みを活かしてこの食堂にしました」

しかし避難指示解除から1年しかたっていないここで、商売をすることに不安はなかったのだろうか。

「医療関係は非常に心配なところです。うちのスタッフも、万が一けがをした場合とか、緊急体制は整っているのか。不安材料はいっぱいですね」

それでも渡辺さんは「誰かが始めないと」という一心で店を開いた。「多くの人が戻れる環境にしたい、それしかないです」と話す。

松本義道さん(87歳)と良子さん(82歳)夫婦は震災後、避難所を転々とした後、11年9月からいわき市の「高久第9仮設住宅」に住んでいる。部屋は4畳半ほどの居間と同じ大きさの寝室のほかに台所などがある。

この仮設住宅は原発事故後、避難指示区域に指定されていた楢葉町の住民が住む。15年秋に町の避難指示が解除されると、仮設住宅の避難民は「空室」という張り紙とともに減っていった。その後、仮設住宅の提供が打ち切られることが決まった。いまだ残る住民は原則、18年3月末までに退去することを迫られている。

義道さんは「死ぬのはここでなく楢葉がいい」と話す。楢葉町が帰りたい故郷なのには変わりがない。