ピンチのときこそ、その人の本性がでる。どれだけ窮地に追い込まれ、批判されても、逆ギレせず、余裕を持ってウイットに富んだ切り返しができる人は、どの世界でも一流だ。才能といっても、天賦の才というわけでなく、日常会話に織り込んで、練習するといい。今回は、お見事と叫びたくなる好例を紹介しよう。

写真=iStock.com/Malven(イメージです)

誰もが称賛する、ウイットに富んだ一言

相手に好意を抱いたり、好感を持ったりするきっかけはさまざまだが、その一つにウイットに富んだ言葉や会話の存在がある。肉声だけでなく、SNSでのコメントやつぶやきでも、同様の効果を発揮する。

「ウイット」とは、その場に応じて機転が利いた会話や文章などを生み出す才知を意味する。相手にひどいことを言われたときや、ヤジで無礼な言葉を飛ばされた際に、怒りに任せて汚い言葉で反論すれば、相手と同じレベルの人間と思われる。だがウイットに富んだ表現で切り返えせば、一枚上手だと誰もが賞賛する。

ぶつけられた海上自衛隊の船長

相手の過失でこちらが被害に逢えば、加害者を責めることが一般的だ。だが災難をウイットで表現し、アメリカとイギリスで高く評価された日本人がいる。2000年7月4日20世紀最後のアメリカ独立記念日を祝う洋上式典に参加するため、多くの艦艇がニューヨーク港に集まったが、その中に海上自衛隊の自衛艦「かしま」がいた。

翌5日にイギリスの客船「クイーンエリザベス号」がニューヨーク港に入港してきたが、急流になっていたハドソン河に流され、同船は「かしま」の船首に接触してしまった。

クイーンエリザベス号が着岸すると、船長のメッセージを携えた機関長と一等航海士がすぐに謝罪に訪れた。そのとき応対したのは、練習艦隊司令官・吉川栄治海将補と「かしま」艦長・上田勝恵一等海佐(どちらも当時)の2人だ。上田艦長はその際にこう答えた。

「幸い損傷も軽く、別段気にしておりません。それよりも女王陛下にキスされて光栄に思っております」

世界各国の帆船や海軍の艦艇70隻あまりが洋上式典に参加するためニューヨーク港に入港したこともあり、この話は瞬く間に船乗りに広まった。さらにニューヨークでは自衛艦艦長が口にした言葉のセンスが高く評価され、イギリスでは「タイムズ」や「イブニング・スタンダード」にまで報道された。

後に作家の阿川弘之氏(元帝國海軍大尉)は、

「普通ならニュースにもならぬ小事故で、『かしま』は大使五人分ぐらいの国威発揚をしたとの賛辞もあったそうだが、これは、吉川司令や上田艦長はあずかり知らぬこと。ましてや、口にはせざること。『サイレントネービー(注)』の伝統と、良き時代の帝國海軍の、『ユーモアを解せざる者は海軍士官の資格無し』の心構えとは、海上自衛隊の戦後生まれのオフィサーたちにも、きちんと受け継がれているもののようである」(文藝春秋2000年11月号「葭の髄」より)

と記している。

(注)サイレント・ネイビー(沈黙の海軍)とは、大言壮語せずに、国を守るときには、充分に任務を果たすという意味(豊田穣:江田島教育より)

試合中にプロポーズされたテニス女王

国会では政策論争でなく、揚げ足取りに終始し、レベルの低いヤジが飛び交っているが、テニスの女王ともなると切り返しが違う。

1996年ウィンブルドンでの準決勝で、シュテフィ・グラフ氏は伊達公子氏とプレーしている試合中に、観客席から突然「Steffi Will You Marry Me ?(シュテフィ、僕と結婚してくれる?)」という声が上がった。

そのときグラフ氏は笑って、すぐにこう切り返した。

「How much money do you have ?(あなたは、どれだけお金を持っているの?)」

この返答に場内の観客は笑い声を上げた。

この年、グラフ氏は実父の脱税事件で金銭的問題を取り沙汰されていたこともあり、自身に降りかかっていたトラブルを逆手に取った表現だった。テニスの4大大会(全豪オープン、全仏オープン、ウィンブルドン選手権、全米オープン)のすべてと、オリンピックでも優勝する快挙を成し遂げることをゴールデン・スラム(Golden Slam)と呼ぶ。1年の間にゴールデン・スラムを達成したのは、男女を通じてグラフ氏だけだ。

最強の女王が発したこのひと言で、彼女のファンはさらに増えた。