これまでアメリカは文化や価値観といった「ソフトパワー」で世界に影響力を及ぼしてきました。ところがその力が落ち、かわりに中国の影響力が高まっています。中国が得意とするのは「シャープパワー」。研究者やジャーナリスト、政治家などに圧力をかけて、都合のいいように動かすのです。国際政治学者の三浦瑠麗氏が、その脅威を解説します――。

※本稿は、公式メールマガジン「三浦瑠麗の『自分で考えるための政治の話』」の一部を抜粋、再編集したものです。

「シャープパワー」の歴史的文脈とは

中国共産党大会の顛末、北朝鮮情勢における役割、トランプ大統領アジア歴訪における役割など、今や国際政治において主役級の扱いを受ける中国。今回、取り上げたいのは、中国の影響力が西側諸国内部に浸透する力=シャープパワーについてです。それは、日々のニュースを追いかけるだけでは見えてこない、中長期的な最重要テーマです。中国という異物を受け入れて世界がどのように変化するのか、我々自身がどのように変化を迫られるのかという話を含んでいるからです。まずは、エコノミスト誌の下記の記事を題材に話を始めましょう。

紹介記事:Economist, Dec 16-22nd "Sharp Power"‐中国の影響力拡大の脅威
写真=iStock.com/cbarnesphotography

まず、表題にあるシャープパワー(Sharp Power)について定義する必要があるでしょう。字義的な意味は、権威主義国が自国の影響力を他国に対して及ぼすための力という意味です。その具体的な態様については後程詳しく見ていきますが、まずは、歴史的な文脈を理解することが重要です。シャープパワーは、ソフトパワー(Soft Power)の対になる概念として存在を指摘されているものだからです。

冷戦が終わり、軍事やイデオロギーを中心とするハードな力に替わって90年代にもてはやされたのがソフトパワーでした。ハーバード大学のジョセフ・ナイ教授によって提唱され、文化の力や、価値観の力を通じて、他国の選好(preference)や行動(action)を変えさせることができる力という意味です。今や昔、アメリカのリベラリズムが希望に満ち、理想化されたアメリカの自意識に合わせて世界を作り変えることができるかもしれないと、世界が錯覚していた時代に提唱された考え方です。

米国の「勝手にやっていろ」というスタンス

90年代の理想主義は、ブッシュ政権期のイラク戦争の泥沼を通じて頓挫しました。「中東の春」が吹き荒れたころ、やっぱり米国は正しかったと強弁する者も現れましたが、それに続く歴史的事実は実に残酷なものでした。中東に民主化は訪れず、自由は後退して内戦による犠牲が深刻化しています。宗教間の対話も、宗派間の対話もままならない混沌の中で、米国とロシア、サウジアラビアとイランが代理戦争を行っている状況です。

ブッシュに続いたオバマ政権は、米国の犠牲を伴う世界への関与を嫌い、世界の警察官の座から降りることを宣言しました。ソフトパワーの威力を現場で支えていたハードパワーの後退は明らかになったのでした。それに続くトランプ政権は、多少なりとも残されていた米国の建前をあからさまな形で否定しました。米国の国益に直結しない地域での内戦については、まあ、「勝手にやっていろ」というスタンスです。

米国のソフトパワーが地に堕ちた隙間を埋めたのが、シャープパワーです。欧米ではロシアの影響力拡大が注目を集めることが多いですが、中長期的に世界に対してより大きなインパクトを持っているのは中国のシャープパワーです。エコノミスト誌が、巻頭の特集で中国の影響力の浸透に警笛を鳴らすのは珍しいこと。ようやく、欧米の主要メディアの雄にまで危機意識が到達したということでしょう。