「うつ」は「心の風邪」キャンペーンの功罪

厚労省は、2013年、それまでの4大疾病に「精神疾患」を加え5大疾病としました。また平成10年当時、自殺者が3万人を超え交通事故の死者数の約5倍という高水準になったことから、その原因の一つである精神疾患(主にうつ病)対策として、「うつは心の風邪」というキャンペーンを前面に押し出しました。

このキャンペーンには評価できる点もあります。うつは「誰でもかかること」「適切な治療がなされれば、ほどなく回復すること」「気軽に医療機関を受診しやすくなったこと」などの意義のある啓蒙がなされ、それまでの偏見や恐怖心が払拭されたように思います。

その一方で、このキャッチコピーには、重大な誤解を生じる危険があります。

「風邪」と言われて皆さんはどうイメージされますか。

「1年に数回はかかる」「ちょっと気を付けていれば1週間ほどで治る」「あまり重大な後遺症などはない」「自分なりの治し方がある(いい意味での民間・代価療法)」「わざわざ医者のところにいく必要などない」などなど。どうしても甘く捉えがちがちになります。

このキャッチコピーは、「とにかく地獄だよ。地獄。風邪の比じゃない」と声を発する患者さんの苦しみや、「どんなに早くたって回復に数カ月はかかるよ」という医学的事実、治療の甲斐なく死へ向かって行った患者さんを悼む主治医らの「いたたまれなさ」などを思うと、とてもうなずける言葉ではありません。

また、このキャンペーンの結果、「うつは治る、うつを治す」といったタイトルの本も増えました。私からみると、これはセンセーショナルなタイトルです。多くのうつは風邪のように「治癒」するものではないからです。

実際私の臨床経験からは、かなりの数の患者さんは、1~2度は再発するようです。典型的なケースを1つだけ挙げておきます。

58歳の男性です。高校卒業後、地元の電力会社に就職。几帳面で真面目な仕事ぶりで、3年前に中間管理職に昇進。同時に激務の苦情処理係という部署へ異動になりました。1年ほど前より次第に抑うつ気分、判断力低下・不眠などの症状が出ていたようですが、無理やり出勤を続けたところ、3カ月前の朝に全く起床できなくなり、来院。「うつ病」の診断で、1カ月の休職となりました。

自宅療養に入ってから約1週間すると少し体調が回復したため頑張らねばと、主治医の制止を振り切って出勤。ところが出勤から5日後に再び起床できなくなってしまいます。その結果家族や同僚は期待と裏腹の失意を倍加させてしまいました。結局このようなことを2回繰り返し、慢性化。最終的には自己退職となってしまいました。