なぜ、内部留保を賃金に回そうとしないのか?

残された手段は内部留保を賃金に回すことだが、徳田氏は次のように述べる。

「確かに新たにフローとして内部留保が蓄積しているので、(内部留保率を)下げていく余地はあるでしょう。しかし、ストックで見ると日本企業のエクイティ(株式資産など)比率は欧米企業より低く、欧米並みにエクイティを増やしていくとなると、まだしばらくは内部留保比率を下げにくい。労働分配率が下がりやすい傾向がしばらく続くのではないでしょうか」

つまり、企業は株主への配当を抑えるつもりはなく、しばらくは内部留保から賃金に回すことは考えてもいないようなのだ。

▼「経営サイドから総額人件費管理を徹底しろと言われています」

実際に企業の担当者は賃上げについてどう考えているのか。大手機械メーカーの人事部長はこう語る。

「リーマンショック以降、経営サイドから総額人件費管理を徹底するように強く言われています。業績が向上した場合はその分をボーナスで社員に還元するものの、給与は通常の定期昇給以外は増やさない方針をとっています。また、名ばかり管理職のポストを減らし、もらいすぎている中高年世代の人件費を抑える一方で、20代の若手社員の給与は増やすなど調整しています」

人事部としては、もっと社員の給与を増やしてやりたいという意向はあるが、「経営サイド」はなかなか首を縦に振らないようだ。

この人事部長は続けてこう話した。

「個人的には株主配当を増やすのはしかたがないとしても、もう少し内部留保を給与に還元してもよいと思います。でも、経営陣の間にはリーマンショックの時の業績不振やその後にリストラを余儀なくされたことが頭にあり、内部留保をできるだけ残しておかないと不安でしょうがないようです」

▼労働組合も雇用を優先し、賃上げに消極的な姿勢

確かにバブル期以降の不況や2000年初頭のIT不況、そしてリーマンショックと東日本大震災後の不況に見舞われ、賃金を上げること対する経営者の警戒心は相当強いと思われる。

しかも、企業内唯一の賃上げ勢力である労働組合が雇用を優先し、賃上げに消極的な姿勢を続けてきた経緯もある。