社長の権利を守るような法律は、ほぼありません

さて、日本では「成績不良」だけでは解雇の理由にはならない。中途採用者といえども、予定した売り上げに貢献しないというだけで解雇することなどできない。勢いで解雇すれば、「不当解雇」で争われて、敗れるのが関の山である。

労働現場のトラブルは、深刻な状況だ。厚生労働省の発表した「平成28年度個別労働紛争解決制度の施行状況」によると民事上の個別労働紛争の相談件数は、平成19年度が約20万件であるのに対して平成28年度は約26万件である。10年で6万件も増えた。私もこれまで200件以上の労働事件に関与してきたが、年々案件が増えている。

誤解を恐れず言えば、労働事件では経営者は弱い立場にある。一度でも労働事件の訴訟を経験したことがある社長であれば、訴訟による解決がいかに時間と費用のかかるものであるかを知っているはずだ。日本では、労働基準法をはじめとして労働者の権利が固く保護されている。労働関係に関して、社長の権利を守るような法律はないに等しいのが現実である。

だからこそ労働問題が起きない「仕組み」を導入しておくことが必要である。その柱になるのが「採用」だ。いったん採用してしまうと、社員の権利が一気に保護される。逆に言えば、採用までは社長の側に相当の裁量が認められている。自社の価値観を共有できる人材を採用できるかどうかは、中小企業の5年後、10年後を決定することになる。にもかかわらず、多くの中小企業では採用のプロセスがあまりにもずさんだ。

私が関与した事案で、最高の解決金はいくらか

最近では、人手不足から安易な採用をしてトラブルになるケースが増えている。とくに介護や建築の分野では、「来てくれるだけで万歳」という心持ちゆえに悲惨な結末を迎えてしまう社長が少なくない。「うちは地方の中小企業だから、来てくれるだけでラッキー」などと実質的に「相当の裁量」を放棄している経営者も散見される。そういう会社では、労働トラブルが絶えない。

例えば、不当解雇の事案で訴訟になった場合には、退職を前提にした経済的解決が裁判所から打診されることもある。このときの解決金の相場は、賃金の約1年から2年分といったところだ。もちろんケースによって異なるために一概には言えないところもあるが、賃金の1年分というのは、決して不当に高額な数字ではない。私が関与した事案では、退職してもらうために最高で賃金の2年分を支払ったことがある。

このような事態になれば、経済的な負担も大きくかつ決算書もみじめなものになってしまう。ときには銀行から「この特別損失はなんですか」と言われることもある。社長としては、なんとも苦々しい話である。このようなリスクがあるから、会うたびに「社長、採用は大事ですよ」とアドバイスしているわけだ。