かつて多くの日本企業は「よい品を、より安く」というアプローチで成功してきた。だが「ラグジュアリー・ブランド」の台頭で、苦戦する場面が増えている。「高くても、いいものがほしい」という顧客には、まったく違う売り方が必要になる。神戸大学経営大学院の栗木契教授が、3つのグローバル企業の事例を検証する――。

コスト・パフォーマンス追求の限界

「よい品を、より安く」

この短いフレーズに表明されているのは、「同一性能なら競合製品より価格を下げる」「同一価格なら競合製品よりも性能を高める」というアプローチである。その前提には、コスト・パフォーマンスで顧客価値を判定するマーケティング発想があり、その実現には、事業の効率化や、生産性の向上が必要となる。これは20世紀の後半に、多くの日本企業が世界に名をはせるうえで得意としてきたアプローチでもある。

今の日本企業にとってはどうか。

わが国の代表的な経営学者である加護野忠男氏は、この「効率追求型」のアプローチからの脱却の必要性を説く(『一橋ビジネスレビュー』2014, Spring)。日本企業のビジネスの前提は、かつてとは大きく変わっている。コスト・パフォーマンスのよさを顧客に訴求するマーケティングに固執しても、国内外で事業を健全に発展させる余地は限られる。

そのなかにあっては、逆に、「高く売ることを考えるべきだ」というのが、加護野氏の見立てである。

高く売るための3つのアプローチ

あるべきマーケティングの姿は、時代の文脈によって動く。加護野氏が説くように、今の日本企業のマーケティングは、安くではなく、高く売ることを考えることが重要となってきている。

とはいえこれは、マーケティング上の大きなパラダイム・チェンジでもある。20世紀の後半に成長を遂げた日本企業の多くは、コスト・パフォーマンスのよさを顧客に訴求することの成功体験はあっても、価格の高さを正当化するノウハウの蓄積には乏しい。どのようにこの未体験のマーケティングに挑めばよいのか。

加護野氏は3つのアプローチを提示する。第1は、不特定多数ではなく絞り込んだ顧客にフォーカスするアプローチであり、第2は、主製品の使用に必要となる消耗品を専用化するアプローチである。ラグジュアリー・ブランドの構築は、そのなかで加護野氏が挙げている第3のアプローチである。

ラグジュアリー・ブランドとは何か

ラグジュアリー・ブランドとは何か。単純に高価格=ラグジュアリーとはいえない。高価だが、ステイタス感は希薄だったり、夢をつむぐ力には乏しかったりするブランドもあるからである。何がラグジュアリーかは、顧客が決めることであって、一義的な定義は存在しないという見解もある。

フランスのビジネスクールで教授をつとめるJ. N.カプフェレ氏は、V. バスティアン氏との共著のなかで、ラグジュアリー・ブランドのひとつの条件は、絶対的な崇拝の対象としての地位を確立していることだと述べる(『ラグジュアリー戦略』東洋経済新報社)。客観的に比較できるスペック上の優位性から生まれるのは、一般的なブランドの高級ライン(プレミアム・ブランド)であって、それだけではラグジュアリーとはいえない。ラグジュアリー・ブランドにとって必要なのは、比較を超越した、独自の個性への絶対的な敬意や情念の生成なのである。