カドカワがほかに類をみない「巨大メディアミックス企業」へと進化しつつある。契機はニコニコ動画を運営するドワンゴとの経営統合。ネットで活躍する才能を取り込むことで、メディア戦略を一気に広げた。コラムニストの河崎環さんは「カドカワは他社なら拾わない、あるいは拾い損ねてしまうような才能を拾い上げることができる」と指摘する。「U30(30歳以下)」から支持される強さの理由とは――。

横浜駅が自己増殖能力を獲得した?

横浜駅構内図(JR東日本)

「増殖中だな。しかもエンドレスだ」――横浜駅の市営地下鉄改札からジョイナスを通り、高島屋やダイヤモンド地下街を慎重にやり過ごし、西口を回ってJR利用者の大濁流を泳ぐ。ルミネを辛くも回避し東口ポルタに潜ってそごうへと吸い込まれ、横浜ベイクオーター方面へ。それがその日の計画経路だった。

延々と四方をふさがれた地下道を歩きながら、私は確信を深めていった。電鉄間の素っ気ない連絡通路や、地下街の喧騒、配管がむき出しの改築工事中の壁。似たような風景を幾度も繰り返し、すでにエキナカを20分は歩き続けたが、まだ目的地は見えない。

「横浜駅が、私の歩く速度に合わせて地下道を触手のように延伸している。絶対に」

そうでなければ説明がつかないほどの遠さと複雑さ。横浜駅、コイツは意志を持っている。横浜駅の増殖スピードが勝つか、私の進む速度が勝つか。私は足を速めた。走れ、そして横浜駅を振り切れ。ようやくベイクオーターへと導くかもめ橋で地上の風景を目にした時、私は横浜駅に勝った満足感と安堵に包まれ、心地よい海風を胸いっぱいに吸い込んだ。

『横浜駅SF』がいくらなんでも面白すぎる

……という具合にライトノベルめいた文体オマージュで遊びたくなってしまうくらい、「3日で12万人が熱狂した」と言われるTwitter発小説『横浜駅SF』(柞刈湯葉・カドカワBOOKS)が面白かった。私が横浜市民で、日ごろ巨大な横浜駅を縦横に利用するからというのも、もちろんあるのだけれど、

「改築工事を繰り返す<横浜駅>が、ついに自己増殖を開始。それから数百年――JR北日本・JR福岡2社が独自技術で防衛戦を続けるものの、日本は本州の99%が横浜駅化した。脳に埋め込まれたSuikaで人間が管理されるエキナカ社会。その外側で暮らす非Suika住民のヒロトは、駅への反逆で追放された男から『18きっぷ』と、ある使命を託された。」(特設サイト「あらすじ」より)

この皮肉たっぷりに荒唐無稽な発想が悔しいほど面白くて、没頭して締め切りも忘れかけたほどだ(ウソです、忘れてません!)。しかもこの小説、作者がTwitterで連投したつぶやきがTogetterでまとめられ、そのプロットをもとにブログで「本編」を発表。その後、カドカワとはてなが共同開発・運営する小説投稿サイト「カクヨム」の第1回コンテストで大賞を受賞し、書籍化したという経緯を持つ。

すでにウェブで加筆前の作品を読めるにも関わらず、書籍版で新たな読者を得てさらに大人気を博し、即重版。間髪を入れずにスピンオフである『横浜駅SF 全国版』やコミックス版もカドカワから続々出版されていて、どれも期待を裏切らない。

小説『横浜駅SF』(左)『横浜駅SF 全国版』(中)『コミックス版 横浜駅SF』右)