東証一部上場企業のある部長は、毎月数百万円を高級クラブに落としていた。その「経費」はクラブママの脱税を手助けするもので、一部は自身の懐にも入っていたという。不正が発覚したとき、部長はシラを切ったが、ママの「黒革の手帖」が動かぬ証拠となった。なぜママは部長を裏切ったのか――。元東京国税局主査の佐藤弘幸氏が、「古典的でバレにくい」という手口を解説する。

部長と高級クラブのママはデキていた

東京国税局には、銀座、歌舞伎町、池袋、新橋、六本木など、日本を代表する繁華街を所管する8税務署に「繁華街担当」(バーやクラブなど現金商売・風俗調査の専担部門)が置かれている。部内用語で「ハンカ(繁華街)」、「トクチ(旧名称が「特定地域」だったので、その略称)」、「ピンク(現金業種の部内書類がピンク色のため)」などと呼ばれる。

ハンカの調査官は主たる業務をアフター5に行う。業務の多くを内観調査(内偵)に頼る必要があるためだ。他の職員が「お疲れさま」と言って退庁するころに、私服に着替えてターゲットに向かう。

私がハンカだったころの話だ。東証一部上場企業S社で部長を務める52歳のA氏は、高級会員制クラブ「ミリオンクラブ(仮名)」のママとデキていた。このクラブは会員が100名ほどと小規模だが、紹介でしか入ることを許されないため、A氏のような社会的地位の高い客がたくさんいる。

A氏の羽振りはよく、S社のクライアントのお客さんや、部下を連れてきてはボトルを空け、とにかく飲んでいた。「高級クラブでそんなに飲んで大丈夫か?」と思われるかもしれないが、もちろん支払いは会社だ。月末締めでママに請求書をつくらせ、会社からクラブへお金が振り込まれる。いちばんの常連となったA氏とママはやがて「大人の関係(愛人)」になった。

「反面調査」でも不正がバレない理由

ミリオンクラブのように繁盛しているクラブのママには、たいてい起業家や上場企業役員などのパトロン(経済的な後援者)がいることが少なくない。パトロンは接待などにより店に多くの客を連れてきてくれるなど、クラブ経営に果たす役割が大きいからだ。

そこで、パトロンのために、店側であるクラブのママが脱税協力をすることがある。やり方はかんたんだ。まずA氏がミリオンクラブで200万円を遣ったとしよう。ママが月末締めで作成する請求書の金額は300万円にして会社へ請求する。すると100万円が残り、A氏はママに手数料を支払って懐に入れる。つまり店側からいえば、請求書払い(月額飲食代の一括請求)を水増し請求して、パトロンの企業から振り込まれる代金から「不正加担金」を差し引いて、パトロンにキャッシュバックするのだ。もちろん支払う企業側は「交際費等」で損金処理できるので、だれの懐もいたまない。

この古典的な手法がけっこうバレにくい。もちろん、請求先のS社は東証一部上場企業なので税務調査を受けるのだが、交際費等が本当に使用された額なのか接待交際のためなのかを確認するためには、S社側の帳簿・書類だけではわからない。S社が使った交際費等が不正かどうかを知るためには、裏付けをとるため、ミリオンクラブへの調査をする必要があるのだ。この場合のように、調査対象者の調査だけでは事実の確認ができない場合に、関係者への調査をすることにより裏付けを補完する調査を「反面調査」と呼ぶ。