あなたの「働き方」は本当に普通だろうか。約30社を担当する産業医の大室正志氏は「『丸の内』の大企業と『渋谷』のベンチャーでは、働き方も企業文化も大きく異なる」という。違う世界にあこがれるだけでは、働き方は変えられない。だが無理に変えれば、大きな軋轢を生む。元ミクシィ社長で投資家の朝倉祐介氏を対談相手に迎え、「丸の内」と「渋谷」を行き交う方法を探る――(全3回)。

「働き方の文化」は驚くほど会社ごとに違う

【大室】僕は産業医として、約50社に関わった経験があり、現在も約30社と契約しています。契約先は、外資系大企業から地方の工場までさまざまです。そこで「働き方の定点観測」をしてみると、会社ごとに驚くほど働き方の文化が異なることに気付かされます。

その中でいま気になっているのは、伝統的な大企業を中心とする「丸の内」の人たちと、IT系のベンチャーを中心とする「渋谷」の人たちが、どちらも「タコツボ化」していることです。どちらにも良い面と悪い面がありますが、それを無視して別々のものになっていってしまうのは、もったいないな、と。

大室正志氏(左)×朝倉祐介氏

【朝倉】僕は、学生時代に友人と会社を立ち上げていたのですが、その後、新卒でマッキンゼーに入って、3年くらい経営コンサルタントをやりました。このときはいわゆる「丸の内」側ですね。それから以前の会社に復帰して、今度は「渋谷」側の世界に飛び込んだ。その会社がミクシィに買収されて、のちにCEOになりました。14年に辞めてから昨年末まではアメリカの西海岸にいたんですが、そこで自分の考え方がずいぶんと日本的な理屈に染まっていたことに気付かされました。シリコンバレーかぶれになって帰ってきただけかもしれませんが。

「丸の内」と「渋谷」をつなげる方法は?

【大室】「丸の内」と「渋谷」をつなげるには、どうすればいいのか。こういう抽象的な話は、かつて「知識人」という人たちが大所高所から繰り広げていましたが、いまではよりリアリティのある場所から立ち上げる必要があると感じます。だから産業医の自分と、経営者の朝倉さんという30代の2人で、大所高所ではなくて「中所中所」から、産業界の課題を掘り下げていきたいと思っています。

「タコツボ」を行き来する方法のひとつとしては「異業種交流会」なんかがありますが、朝倉さんは行ったことはありますか?

【朝倉】「異業種」といっても、たいてい集まっている人の仕事の違いって誤差程度のもので、実は大して異業種じゃないんですよね。結局タコツボから逃れることはできないと思いますが、「俺はタコツボの中で暮らしているんだな」と知っておくことには意味があるかもしれません。「無知の知」ともいいますしね。

【大室】例えば、人材の流動性の低い伝統的な企業だと、「隣の人の態度がすごく気になる人」が必ずいるんですよ。「なんであの人は毎日15分遅れてくるんだ!」みたいなことが、すごくストレスになっている。でもよく聞いてみたら会社はフレックスで、それなのに全員9時に来ないといけないという暗黙のルールがあるだけ、ということもある。ルール上は違反ではない。けれどそこでストレスを感じている人は「あの人、常識が通用しないんですよ」と言ってくる。しかしその「常識」はすごく狭い話なんです。

外資系企業では、何時に来て何時に帰ってもいいけど成果が出せなかったらサヨウナラ、という会社がいくらでもある。スタートアップでも最近はそれぞれ働き方の契約が異なるケースが増えています。

僕は医師として、悩んでいる人には真摯に向き合う一方で、「これを常識だと思いこんでストレスを感じている人には、カウンセリングよりもむしろ別の環境を見せたほうが早いんじゃないか」と思うことがよくあるんですよ。「常識」はある意味で多数決みたいなものですから、働き方に限らずいろんな「常識」が変わりつつあるじゃないですか。

例えばある会社では、メールは○○部長、○○課長というように序列順に書くことが「常識」とされます。その一方でスピードが重視されるある会社では社内メール禁止で、チャットツールのみという「常識」がある。だから自分の中で思い込んでいる「常識」を遵守していくよりも、新しい常識ができつつあって、その中で自分はどのポジションを取るか、というふうに相対化していくほうが、“心の持ちよう”としてはヘルシーだと思うんです。