明るく華やかなイメージのあるスタートアップの世界。しかし米誌『ニューズウィーク』をリストラされた50歳の記者が飛び込んでみると、そこはモラルのないグチャグチャの世界だった。『スタートアップ・バブル 愚かな投資家と幼稚な起業家』(講談社)より、ITベンチャー「ハブスポット」での入社初日の様子を紹介しよう――。

※以下はダン・ライオンズ『スタートアップ・バブル 愚かな投資家と幼稚な起業家』(講談社)の「プロローグ」からの抜粋です。

グーグル発「遊び場のようなオフィス」

それにしてもこのオフィスは、うちの子たちが通っていたモンテッソーリ教育の幼稚園に驚くほどよく似ている。明るい原色がふんだんに使われ、たくさんのおもちゃがあって、お昼寝部屋にはハンモックが吊るされ、壁には心安らぐヤシの木が描かれている。オフィスを遊び場のようにするトレンドはグーグルが最初だが、今では感染症のようにIT業界に広がっている。ただ仕事をするだけじゃダメ、仕事は楽しくなくちゃ! ハブスポットはいくつもの「地区」に分かれ、ノースエンド、サウスエンド、チャールズタウン、とそれぞれにボストンの地区の名前がついている。ある地区には、さまざまな楽器がそろっている。誰かが即興のジャムセッションをしたくなるかもしれないから。「絶対ないけどね」とザック。楽器が、ただぽつんと置かれている。どの地区にも全自動エスプレッソマシン付きの小さなキッチンとラウンジエリアがある。ラウンジにはカウチと黒板の壁があって、「ハブスポット=サイコー!」とか、「オレたちはわけあって、耳を2つ、口を1つ持ってる。そう、話した分の2倍、聞くためさ」なんて感動的なメッセージが書き込まれている。

ダン・ライオンズ『スタートアップ・バブル 愚かな投資家と幼稚な起業家』(講談社)

1階には、娯楽室を兼ねたバカでかい会議室があり、オフィスの必需品(サッカーゲームテーブル、卓球台、シャッフルボードゲーム、各種ビデオゲーム)が取りそろえてある。隣のカフェテリアには、ビールを箱ごとストックしたいくつもの業務用冷蔵庫や、ベーグルとシリアルを詰め込んだ戸棚がある。壁一面にずらりと並んだガラス容器には、色とりどりのナッツやキャンディが種類別に詰め込まれ、適量を取り出せるようになっている。この「キャンディ・ウォール」と呼ばれる壁は、ザックによると「ハブスポッターたちがとくに誇っているもの」だそう。これは、社員が訪問客にいの一番に自慢するものの一つだ。ハブスポットをハブスポットたらしめている、わくわく大好きカルチャーのシンボル、というわけだ。ここはエネルギーいっぱい、若さいっぱいの場所だ。チームで外へ繰り出してはトランポリンドッジボールやゴーカートレースに興じ、レーザー銃で撃ち合うサバイバルゲームに参加する。

シャワールームでセックス

廊下を犬たちがうろついているのは、幼稚園のインテリアさながらに、犬もIT系スタートアップの必須アイテムと化しているからだ。ザックによると、正午には仲間たちが2階ロビーに集まって、一斉に腕立て伏せをする。2階には、ドライクリーニングを出せる場所もあるし、会社がマッサージ療法士を呼んでくれることもある。この階にはシャワールームもあって、自転車通勤者やランチタイムにジョギングする社員を対象にしているが、金曜の就業時間後(ハッピーアワー)にタガが外れると、セックス・キャビンに早変わりする。のちに聞いたところによると(受付係のペニーから。彼女は素晴らしいゴシップソースだ)、あるときタガが外れ過ぎて、経営陣が注意書きを回す羽目になったという。「営業の連中よ」とペニー。「あの人たち、サイテーだから」