これものちに知ったことだが、ある土曜の朝、ビルの管理人たちが1階の男子トイレで、いったい何を見つけたと思う? ――飲みかけの大量のビール缶とゲロの海、女性のTバックショーツだ。管理人たちがいい顔するはずがない。彼らをさらに滅入らせたのは、ある朝、マーケティング部の20代の男が酔っ払って現れ、理由はわからないが、ある管理人の清掃用カートに火を放ったこと。

「オレたちの仕事ってイケてる!」と言い聞かせている

誰もがだだっ広いオープンスペースで、バングラデシュのシャツ工場のお針子さんみたいにひしめき合って働いている。ミシンに前かがみになる代わりに、ノートパソコンにぐっと身をかがめて。時にはおもちゃの銃、ナーフガンを使ったバトルに熱中することもある。巨大な薄型モニターの後ろからパンパン発砲されると、みんなひょいと身をかわし、デスクの下へダッともぐり込むのだ。ちなみに、立って作業ができるスタンディングデスクが、今IT企業で注目のアイテムだが、ハブスポットでもあちこちに導入されている。人々は立ったままミーティングし、ウォーキング・ミーティングだってする。そう、グループ全員で散歩に出かけ、歩きながら会議をするのだ。

著者のダン・ライオンズ
(c)Kim Cook

誰一人、CEOでさえオフィスを持っていない。これについては、あるルールが設けられている。3ヵ月ごとに椅子取りゲームよろしく、全員で席替えするのだ。ハブスポットはこれを「即席(シーティング・ハック)」と呼んで、「絶え間なく変化していることを、みんなに思い出してもらうため」と説明している。プライバシーが必要なら、作業スペースの周りに並ぶミーティングルームの一つを予約しなくてはならない。ミーティングルームには、ボストン・レッドソックスの選手名がついた部屋もあれば、「著名なマーケター」にちなんだ部屋もある――これをのみ込むのに、ちょっぴり時間がかかった。デスクや椅子の代わりにビーズクッションを置いた部屋では、みんな手足をだらりと投げ出して、ひざでパソコンを支えている。

たしかに、ちょっとイカれてる。少々「無理してる感」もある。みんな「オレたちの仕事ってイケてる!」「楽しいよね!」とほんの少し頑張って自分に言い聞かせているみたいだ。でも、まあいい。今日は初日だ。ここにいられて、私はわくわくしている。底抜けに面白いじゃないか。ここ数年、こんな場所を何十社と訪れては、思っていたものだ。「こんなところで働くって、どんな感じなんだろう?」と。

ようやく隅っこに現れたコンテンツ・チーム

建物を案内しながら、ザックは少しだけ自分の話をした。私と同じように、ハブスポットでは新顔で、1ヵ月前に入社したばかりだという。大学では英語を専攻し、スポーツ記者を目指していたが、卒業後に、マスコミがあまりに不安定に思えてグーグルに就職した。「賢明だったと思うよ」と、私は言った。新聞社も雑誌社も青息吐息で、記者はわんさと首を切られている。だから私のような連中がこんなところに現れて、広報やマーケティング畑で、自己「改革」を目指しているのだ。こうした分野では、おそらくジャーナリストとして培った一連のスキルが役立つから。そう、私たちは書けるし、締め切りに間に合うように働ける。しかもぶっちゃけて言えば、アメリカ実業界の基準から見て、私たちは安い。

ザックは、マーケティング部の組織について説明すれば役に立つかも、と考えている。だから会議室に入ると、ホワイトボードに組織図を描き始めた。のちに気づくのだが、ザックはホワイトボードに書くのが大好きなのだ。マーケティング部のトップにいるのは、最高マーケティング責任者のクラニアム。クラニアムの下には、ウィングマンとその他3人の人たちがいて、それぞれが1つ、あるいは複数のチームを束ねている。ザックは延々と描き続け、どんどん大きくなる木構造(ツリー・ストラクチャー)を描いたので、すぐにホワイトボードがいっぱいになった。マーケティング部には、プロダクト・マーケティング、ウェブ・マーケティング、メール・マーケティング、ソーシャルメディア・マーケティング、顧客マーケティング、コンバージョン・マーケティングがあって、需要創出に携わる人もいれば、顧客支援をする人もいる。営業支援をする人も、見込み客の育成(リード・ナーチャリング)に携わる人もいる。ファネル・チームと呼ばれる部署や、ブランド&バズと呼ばれるグループもあって、ブランド&バズは広報チームを監督し、年に1度の顧客会議を運営している。

そして、ようやく隅っこに現れたのが、コンテンツ・チームだ。ここはブログを書く人たちと、電子書籍を書くグループから成るチームで、私が働くことになっている部署だ。