60歳で社会保険労務士の受験を決意

現在の積み重ねが自然と再就職につながっていく一方、定年後のビジョンを明確に描き、第二の人生を自らの手で切り開く人もいる。

寺尾勝汎氏が難関の社会保険労務士試験に合格したのは61歳のとき。東京大学を卒業して、丸紅に入社。カナダやイギリスでの海外勤務はあったものの、ほとんどのキャリアを財務、経理、人事といった中枢部門で過ごす。

社会保険労務士 寺尾勝汎氏(72歳)

「結局、私は人事労務の仕事を四半世紀やったことになります。一生やるなら人事労務の仕事かな、と40代後半から漠然と意識していました」

54歳のときに関連会社の丸紅畜産の役員として出向。そこでの経験が寺尾氏のその後を決定させた。本社時代と違い、さまざまな決済を一案件ごと入念にチェックする必要に迫られた。

「どんな小さな伝票の裏にも、ちゃんとした法的な根拠があることを知りました。それをひとつひとつ、学びながら理解して決済していくことが、たまらなく面白くなってしまったのです」

こうして監査役に就任した60歳のとき、社会保険労務士の受験を決意する。しかし、1度目は3カ月弱の準備しかできずに不合格。寺尾氏は「なめてかかったのが失敗だった」と反省し、心機一転、猛勉強の毎日を送ることに。

平日は夕方6時に勤務が終わると資格受験の大手予備校に直行し、9時過ぎまで講義に集中。それだけでは物足らず、個人経営の教室にも通った。土日ともなれば、朝から晩まで過去問や予備校の問題集と向き合った。模擬試験の結果は、常に上位に名を連ね、それがまた励みにもなったという。

テキストにあることは完璧に理解したうえで暗記。法律条文等を書き写しながら、声に出して読み上げる。

「若い頃と違って、なかなか暗記はできません。ですから、ひたすら書いては音読です。もう夢中になって音読するものだから、妻からは『馬鹿なことを呪文みたいに唱えないで』と言われる始末。東大を受験したときよりも、はるかに集中して勉強したと思います」

その甲斐あって、寺尾さんは2度目の受験で合格を勝ち取る。定年後は、間を置かずに都心に家賃15万円の事務所を構えた。現在は顧問先も10以上に増え、土日も出勤しては仕事三昧の日々。そんな寺尾氏にとって、第二の人生を託した仕事へのモチベーションとは、いったい何なのだろうか?

「生活費の一部を稼ぐためという動機だと続かないと思うし、面白くないでしょう。やっぱり、自分の知識や知見が世の中のお役に立っているんだという実感、これに尽きます」

▼寺尾氏の経歴
1964年:東京大学教養学部卒業丸紅に入社
1972年:財務、経理、人事部を経験
1996年:丸紅畜産常務取締役に就任
2001年:同社を定年退職/社会保険労務士を取得
2002年:開業