メディアや調査会社の事前調査では、ヒラリー優勢が8割を超え、ほとんどの人がヒラリー勝利を疑わなかった。では、なぜトランプは予想を大きく覆して「革命的な勝利」をおさめることができたのか。「戦うこと、攻撃すること」でトランプは、ますます強くなったのではないか。トランプ大勝利の背後に隠れた真実に迫る。『ポピュリズム化する世界』(プレジデント社刊)からの抜粋です。
「忘れていた怒り」を上手に票に変えたトランプ
トランプは、移民排斥の傾向をうかがわせる発言でたびたび物議を醸した。有名なのは、メキシコとの国境に移民の侵入を妨げる壁をつくれ、との主張である。彼はこの発言を何度も繰り返し、果ては「壁建設の費用をメキシコ政府に出させる」とまで言い出した。彼は2015年の著書『傷ついたアメリカ』でも、以下のような訴えを展開している。
何度でも言わせてくれ。いずれにせよ、メキシコはその費用を払うべきだ。いかにして? 入国に関する様々な料金を上げればいい。短期ビザの取得手数料を上げればいい。不法労働に基づく収入を送金する際に没収することだってできる。
直截的で攻撃的な彼の言動に、良識ある米国民は顔をしかめた。
しかし、一部の米国民は喝采を送った。トランプは彼らの目に、忘れていた怒りを久々に取り戻してくれる人物として映ったのである。
怒りは、人生にとって重要な要素である。怒ることによって、人々は若返る。敵を見いだすことによって、自らのアイデンティティーを再確認する。仲良く付き合い、共存するだけでは、世の中は随分つまらない。戦うことで、攻撃することで、個性も、文化も、国家も生まれてきた。
米国とメキシコ、カナダの三カ国は関税障壁を廃止する北米自由貿易協定(NAFTA)を締結しているのに、勝手に関税をかけるとどうなるか。ビザ取得や入国を困難にすることによって、両国の貿易にどんな影響があるか。トランプが主張する政策は、現実の世界では疑問だらけである。しかし、そのような実務的な問題は、トランプにとってどうでもいい。肝心なのは、メキシコを敵と定め、敵と味方との間に壁をつくると宣言することだ。そうすることで、現代の社会が置き去りにしてきた敵愾心や闘争心を回復できる。自らと一緒に戦う人々を集めることができる。