2016年3月14日(月)

今、「瞑想」が外資系企業で人気の理由

PRESIDENT 2016年4月4日号

著者
勝見 明 かつみ・あきら

1952年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退後、フリージャーナリストとして、経済・経営分野を中心に執筆を続ける。著書に『鈴木敏文の統計心理学』『選ばれる営業、捨てられる営業』ほか多数。最新刊に『全員経営』(野中郁次郎氏との共著)。

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勝見 明=文 amanaimages=写真
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禅、瞑想とくれば思い浮かぶのがジョブズだろう。世界のエリートたちはなぜ瞑想に魅せられたのだろうか。

主な目的は生産性・創造性の向上

グーグル、インテル、フェイスブック、ナイキ……。アメリカの最先端企業でなぜ、「マインドフルネス」と呼ばれる仏教由来の瞑想法が、社内活動のカリキュラムに取り入れられるようになったのか。

マインドフルネスにはいくつか定義があるが、ある専門家は「瞬間瞬間の体験に対して、今の瞬間に、判断をしないで、意図的に注意を払うことによって実現される気づき」と説明する(『グーグルのマインドフルネス革命』サンガ編集部編著より)。要は「“いま・ここ”の現実をありのままに受け止める」といった意味だろう。

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このマインドフルネスの特徴は大きく2つある。1つは、単なるメンタルケアではなく、社員の生産性や創造性の向上という経営的課題と結びついていることだ。そして、もう1つはプログラムの内容だ。マインドだけでなく、身体の感覚、つまり、ボディ(身体性)が重視されている。グーグルで行われている「SIY(Search Inside Yourself)」と呼ばれるプログラムの中のエクササイズを見てみよう。

パート1は「身体に気づくプラクティス」。意識を身体に向け、やがて頭の中に考えごとが浮かんできたら、また意識を身体に戻し、さまざまな感覚をありのまま受け止める。パート2は「呼吸に気づくプラクティス」。呼吸に意識を向け、パート1と同じようにする。特徴的なのはパート3の「思いやりの心を育むプラクティス」だ。その日に楽しい会話をした人を思い浮かべ、相手も「心と身体」を持ち、自分と同じであると自らに語りかける。

仮に瞑想中に風が吹いてきたとする。ボディは五感でそれを知覚。その感覚をマインド(脳・心)がほかの感覚と区別し、「心地よい」と認識。それをまた五感にフィードバックしていく。意識をボディに拡散させたまま、マインドは集中している状態。ボディとマインドが一体化した「心身一如」の境地だ。禅僧で芥川賞作家でもある玄侑宗久氏は、この拡散させたまま集中している状態を「うすらぼんやり」と表現する。「うすらぼんやり」では、腹も立たず、不安も感じない。価値判断も、好き嫌いもなく、ありのままを感じ取ろうとするようになる。

これと対照的なのが論理分析的思考だ。ありのままに感じ取るのは、「It seems to me~(私には~に感じる)」という一人称で受け止める主観的世界だ。他方、論理分析的思考は「It is~(それは~である)」と三人称ですべてを客観的に外からとらえる。

この論理分析的思考は近代合理主義の流れをくむ。西洋流合理主義ではマインドとボディを分け、マインドがボディを支配する心身二元論が説かれてきた。これをビジネスに当てはめたのが米国流の分析的経営だ。マインドの計画部門と、ボディの実行部門を分離し(知行分離)、計画を実行よりも上位に位置づける。計画担当の戦略スタッフはMBA取得者が多くを占める。

分析的経営の代表格がハーバード・ビジネススクールのマイケル・ポーター教授の「競争戦略」だ。業界内競争の度合いや新規参入障壁など、5つの要因で市場を分析し、最適なポジションを探る。しかし、市場の変化が速く、不確実性が増すと、分析しても状況はすぐ変わり、いつ、どこから競合相手が出現するかわからない。論理分析的な競争戦略は限界が見えてきた。実際、ポーター氏が設立したコンサルティングファームは2012年に倒産した。

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