2015年1月26日(月)

なぜ「くまモン」は熊本県で生まれたのか?―蒲島郁夫(熊本県知事)

塩田潮の「キーマンに聞く」【9】

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「くまモン」経済効果は1244億円

蒲島郁夫(熊本県知事)

【塩田潮】熊本県と聞けば、真っ先にPRキャラクターの「くまモン」が浮かびます。2010年の登場で、今や全国区の人気どころか、海外でも話題です。

【蒲島郁夫(熊本県知事)】08年4月に知事になりましたが、3年後に九州新幹線鹿児島ルートが全線開業しました。熊本県にとってはとてもめでたいことですが、当時は全線開業で熊本は素通りされてしまうのではないか、熊本の人たちも福岡に行ってしまうのではないかと悲観的で、熊本が潤うと思う人はあまりいませんでした。関西から人がきて熊本で降りてもらうのが重要と思い、知事として11年3月に「KANSAI戦略」を立てました。その一環として、総合プロデュースをしていただいた天草市出身の脚本家の小山薫堂さんが、熊本県民が熊本県のよさを再発見し、好きになろうと「くまもとサプライズキャンペーン」を提唱しました。サプライズだから、小山さんの友人の水野学さん(アートディレクター)がびっくりマークのデザインを提案して下さいました。ただ、シンボルのマスコットが必要というので、おまけとしてくまモンを付けてくれました。おまけのほうが大ブレークして、くまモンが熊本県の救世主みたいになりました。小山さんと水野さんが産みの親です。

【塩田】なぜくまモンが成功したのですか。

【蒲島】一つは水野さんと小山さんのオリジナル・デザインのよさ、二番目は売り出す県庁の戦略、第三はくまモン自身の成長です。最初は動作がぎこちなかったけど、ダンスをしたり愛嬌があったりして、ものすごく成長しました。知名度が上がってきて、私もくまモンと一緒に吉本新喜劇に出演して、一緒に転んだり……。それがテレビで流れ、11年の「ゆるキャラグランプリ」で全国1位になって、人気者になりました。

一方、県庁の戦略として「楽市楽座」の方針を打ち出しました。使用料はいっさい取らないで利用できるのが当たったかもしれませんね。くまモンを使えば売れるし、企業も儲かります。くまモンを使いたい企業が急増しました。楽市楽座は織田信長の発想で、全国から商人を集め、その富によって岐阜の田舎で大きな兵力を養成することができたわけです。同じように、くまモンの共有空間に、くまモンを使おうという企業がたくさん集まりました。熊本というテリトリーは狭いけど、くまモンの共有空間は現実世界と仮想世界の両方に存在し、世界中に広がります。いろいろな人がコラボレーションし、熊本の経済的効果も上がります。県民の誇りも高くなるし、安全・安心も夢も獲得できました。プラスアルファがとても大きいのです。

日本銀行の熊本支店が熊本県内におけるくまモンの経済波及効果を分析したところ、11年11月のゆるキャラグランプリ2011優勝から2年間で1244億円。PR効果は90億円ですから、くまモンは今、営業部長ですけど、県庁の一職員としては偉大な効果を示してくれたんです。

【塩田】知事自身はどういう役割を果たしたのですか。

【蒲島】ゴーの決定を下しました。それと楽市楽座は私のアイデアです。県庁としては、投資は回収したいけど、楽市楽座でと決断しました。くまモンのグレードアップのために、最初に古巣(知事就任まで東京大学法学部教授)の東大法学部に連れていって、「くまモンの政治経済学」というテーマで講演し、次はハーバード大学(1977年から79年まで大学院に在学)、2014年8月には北京大学でも講演しました。

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