「会社を辞める予定なんです。20年以上働きましたけど、退職金は100万円に満たないでしょうね……」

www9945さんは小声でそう語った。年齢は40代。職業は掃除夫。年収は300万円。それだけを聞くと、企業からリストラを受け、今後きびしい生活が待ち受けている人物を思い浮かべるかもしれない。しかし心配は無用である。なぜならwww9945さんは株取引を通して、資産が2億円を超える“隠れ富裕層”だからだ。

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12年で口座残高は22倍超に!

www9945さんが株を始めたのは1991年。大学を卒業し納豆メーカーに就職すると、営業に追われ、気分が晴れない日々を送っていた。そんなとき、心を明るく照らしてくれたのが株だった。邱永漢の本に記されていた「株式は経済を勉強できて、なおかつ面白く、そして儲かる」という考えに惹かれ、早速自分も始めようと思ったが、当時の取引は1000株単位で簡単には手が出せない。そこで1年半かけて100万円を貯め、セメント会社の宇部興産を52万円、北陸電力を23万円購入した。

「ちょうどその頃、仕事のストレスで体調を崩して、退職を決意したんです。会社を辞めて3カ月経つと預金がなくなって、手元に残ったのは株だけ。家の天井を眺めながら、旧ラジオたんぱの株式実況を聞いて過ごしてました」

このままでは生活すらできないと、祖母の紹介で、掃除会社にアルバイトとして勤務を開始する。時給1000円。月の手取りは約14万円。半年で辞めようと思ったが、勤務してから9カ月後、人員に空きが出て正社員に昇格することになる。

掃除夫として働きだすと生活が安定し、株に打ち込む余裕もできた。手取り給料22万円のうち約3分の1、年間にして100万円を投資。だんだん市場に対して目が肥えていったが、買っては負けを繰り返し、最初の10年は資産1000万円の前後をうろうろしていた。

資産が急増したのは05年、郵政選挙で自民党が圧勝し、株式相場が大幅に噴き上がったときである。なかでも不動産流動化銘柄が2~3倍になり、2005年9月に2400万円だった資産は、12月には4518万円まで膨れ上がった。

「日本株はアメリカ株と違って上昇の期間が短い。相場状況がいいときに、多額のお金をつっこめる度胸とタイミングが必要なんです。あのときはそれが実践できました」

そして再び資産が急増したのは、12年から13年にかけて。野田佳彦首相が衆議院解散を明言した1週間後、資産が1億円に到達し、その後のアベノミクス効果でどんどん増えていった。