リスク感覚を磨く原理原則の在処

勉強会の成果は、着実に表れていた。商社に独占されてきたプロファイの立案へ、本格参入できる。その手応えを、感じ取る。2006年、三井住友は、国際金融専門誌プロジェクト・ファイナンス・インターナショナルから、プロファイに関する世界最優秀賞「グローバル・アドバイザー・オブ・ザ・イヤー」を受賞した。住友化学がサウジアラビアで進めた1兆円の石油化学プロジェクトに対する融資などが受賞対象。もちろん、彼女も、その栄誉を分かち合う。

勉強会には、たまに自分も出た。ときに、洒落を飛ばす。若い部員の中には、プロファイの部署に来たことに、戸惑いをみせた人もいる。頭で描いていた「銀行マン」と、かなり違うからだろう。でも、やってみれば、面白い仕事だ。勉強会で、そこに、気づいてほしかった。みんなは「ずいぶん駄洒落の好きな部長だな」と思ったかもしれないが、それも誘い水だったのだ。

「蓬生麻中、不扶而直」(蓬も麻中に生ずれば、扶けざるも直し)――草餅や灸のモグサに使われる蓬という草は、普通は、曲がりくねって生えていく。でも、真っ直ぐ伸びる麻の中に植えると、一緒に真っ直ぐに立っていく。生き物の育成は、環境次第だ。それは人間も同じで、環境を整えさえすれば、伸びていく。中国の古典『荀子』にある教えだ。部で勉強会を開かせたのも、洒落で場を和らげたのも、この「蓬生麻中」に重なる工夫だ。

ニューヨーク勤務のころ、プロファイの面白さとは別に、もう一つ、感じたことがある。「Follow the Basics」、つまり原理原則を守り続ける大切さだ。当時、米金融界は「Land」「Latin America」「Leveraged Buyout」という「3つのL」の後始末に追われていた。不動産投資の崩壊、中南米で膨張した不良債権、少額資金による大型買収の行き詰まりの3つが、経営を追い詰めた。

そのとき、米銀の首脳たちが一様に繰り返したのが「Back to the Basics」。原理原則に戻る、との表明だ。だが、今回のリーマンショックでも、全く同じことを言っていた原則から離れたり、戻ったりで、同じ失敗を繰り返す。自分たちの歴史にも、似た点はあった。でも、もう許されない。だから、「Follow the Basics」と呼びかけてきた。行ったり来たりなど、おしまいだ。

振り返れば、40代のころは、けっこう前向きなことをやっている。でも、50代は、不良債権の処理など後ろ向きのことが続いた。49歳で企画部長になったときが、分水嶺のようだ。

当時の日本は、戦後50年を経て「制度疲労」を起こしていた。その疲労から脱却するには、金融危機はくぐらなければならない関門だったのだろう。それから10年余り、今度は政治の世界で「制度疲労」が表れ、政権交代となった。

変革の時代は、自分が生きている間、続くのではないか。先を読み切るのも難しいが、刻々と訪れる変化に応じていくのも大変だ。そんななか、行員たちに、これからは世界地図の中で考えてほしい。リスク感覚を持つために、常に五感を磨いてもほしい。そして、人材を育ててほしい。頭取になってから、そんな話を何度かしている。

何だか、プロファイの指揮を執った部長時代に口にしたことと、よく似ている。でも、それも当然か。すべて、「Basics」なのだ。

(聞き手=街風隆雄 撮影=門間新弥)