市民のタガが外れ、在留邦人は今も戦々恐々

「こいつ中国人じゃないか~!?」――。

路上でビールを飲んでいる5~6人の若者の1人から指をさされ、心臓が喉から飛び出しそうになった。

反中デモのピークから数日後の夜11時過ぎ、ホーチミン市中心部を単独で歩いているときのことだ。以前から嫌中感情の強いベトナム国民だが、ここまで露骨に敵意をむき出しにすることはなかった。幸い絡まれることはなかったが、暴徒の標的となった中国人や巻き込まれた台湾人らが感じた恐怖を少しは理解できた。

全国で中国人5人の死亡者が確認されている一連の暴動を契機に、市民の一部の間でタガが外れてしまったように感じる。領有権を争う西沙諸島付近の海域で稼働する中国の石油掘削装置(オイルリグ)付近で越中両国の艦船の衝突が発生していることが明らかになったのは5月7日。

中国の強引な行動にベトナム国民のナショナリズムは一気に盛り上がり、その週末には主要都市で数千人が参加する異例の大規模デモが発生した。だがこの時点では抗議活動に混乱はみられず、ホーチミン市のデモ隊参加者の表情に笑顔もみられた。

放火被害を受けたビンズオン省の工場

事態が一変したのは5月13日。ホーチミン市近郊ビンズオン省で、デモを続けていた労働者らが暴徒化。バイクに乗った集団は数万人規模に膨れあがり、漢字表記の看板がかかった工場を見つけては次々と乱入。略奪や放火を繰り返した。騒動はホーチミン市の一部の工業団地にも拡大。混乱は深夜まで続いた。

ある日本人社長が操業するビンズオン省の工場にも、デモ隊がバイク200台以上で乱入。従業員から「外国人は危険」と言われ、社長は2階に隠れて無事だったが、見境がなくなったデモ隊は建屋内までバイクで乗り回した。さらに従業員400人のうち、300人がデモに加勢してしまい、操業不能に追い込まれた。

最大の事件が起きたのが、台湾プラスチックグループ(台プラ)が北中部ハティン省で建設を進めていた製鉄所建設現場付近だ。中国人労働者3,000人以上が工事に従事しており、以前から市民の間に強い反中感情があるとされた地域で、5月14日夜に大規模な暴動が発生。これまでに中国人4人の死亡が確認されている。