サッカー・アルゼンチン代表のリオネル・メッシは、世界最高のゴール感覚の持ち主だ。メッシが芸術的なシュートを放つ瞬間はコンマ何秒しかないが、このごく短い時間に彼は明らかにチャンスを掴まえている。メッシのほかにも正確にゴールポストの隅を狙える選手はたくさんいるが、瞬間的にチャンスを掴まえることができるか否かで、ファンタジスタと平凡な選手は明らかに違う。

(時事通信フォト=写真)

おそらくメッシにとって、ごく短い時間でチャンスを掴まえるのは簡単なことなのだろう。瞬間的に出した彼の答えはゴールキーパーの意表を突いてゴールに食い込んでいく。これこそ直感の正体であり、いかなる長考や精緻な論理よりも直感のほうが優れていることの証しだと私は考えている。

なぜ短時間で出した直感的な解答が優れているかといえば、それはひとことで言って過去の論理の延長にある答えではないからだ。直感は脳内に蓄積された過去の経験や知識と外界との照合作業によって瞬間的にドロップしてくるものであり、たとえ破天荒であってもダイヤモンドの原石のように磨けば光り輝く。

反対に論理によって導かれた答えは、不可避的に「過去に誰かがやったもの」の延長にあって、優等生的に整然とまとまってはいても大きな可能性を秘めた原石たりえないのである。

たとえば、ポラロイドカメラの発明が直感によってもたらされたことはよく知られている。新しい原理のカメラを作ろうと考えていたエドウィン・ハーバード・ランド博士(ポラロイド社の創業者)がポラロイドカメラの原理を思いついたきっかけは、3歳になる娘の「撮った写真をいますぐに見たい」というひとことであった。

もし、ランド博士が過去の論理の延長上でしかものを考えられない人間だったら、娘に対して「残念ながらそんなことはできないんだよ」とカメラ界の常識を教えて終わりだっただろう。

ところが、博士の脳内に蓄積されていたカメラに関する膨大な経験と知識が、娘の発した素朴なニーズと照合されることによって、ポラロイドカメラという、かつてなかったカメラが誕生することになったのである。