織田作之助の結婚通知から、病床の筑紫哲也の手紙、村上春樹の苦情まで、古今東西の作家・文化人がしたためた名文珍文を一挙公開。思わず噴飯、時にため息がもれる名人芸をご賞味ください。

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(Getty Images=写真)

時には相手の粗相を指摘せねばならないケースもある。これは、存外難しい。

作家の村上春樹は、97年発刊のエッセイ集『村上朝日堂はいかにして鍛えられたか』で、「僕はものすごく筆不精な人間なのだけど、その手の苦情の手紙だけは迅速に熱心に書く」のだと告白している。

村上によれば、「良い苦情の書き方には、それなりにこつがある」。第1には「七分褒めて、三分けなすこと」、第2には「細部にうだうだと拘泥しないこと」。そのうえで「苦情のエッセンス」のみ可能な限り簡潔に書くべしと説いている。以下、実際に村上が書いたあるレストランへの苦情の手紙である。

前略

(略)

正直に申し上げまして、私はそれほど足繁く貴店に通っているわけではありません。これは主に経済的な理由によるものです。しかし、大切なゲストを招待したいときや、個人的に何か祝い事をしたいときなどには、「とって置きの店」として貴店を選び、家内や友人たちとともに夕食を取ることにしていました。(略)

しかし先日、外国からやってきたピアニストの友人を貴店に招待したときには、そのサービスの質のあまりの低下ぶりに驚き、また少なからず不愉快な思いをしました。(略)

個人的な話で恐縮ですが、私はことしになってまだ2回しかネクタイをしめたことはありませんし、貴店での宵はそのうちの貴重な1回だったのです。

そのようなまっとうな心持が、思いもよらず裏切られるというのは、私にとってはまことに残念なことです。(略)

最後になりますが、料理にはまったく問題ありませんでした。

結局、この手紙が投函されることはなかった。

書いたはいいがそれで不満が解消されてしまい、出さず仕舞いになった苦情の手紙が、当時の村上の手元にはいくつか溜まっていたらしい。