水深1000メートルの海底の、さらにその先

とても順風満帆とはいえない船出だった。

2013年1月27日、MH21(メタンハイドレート資源開発研究コンソーシアム)のスタッフを含む200人が乗り組んだ地球深部探査船「ちきゅう」は、霊峰富士が見下ろす清水港を離れた。船を横方向に動かすスラスター(プロペラ推進機)が故障し、予定より1週間以上遅れての出港であった。

総トン数5万7000トンのちきゅうは、1日半かけて愛知・三重県沖約50キロの東部南海トラフ「第二渥美海丘」の真上に到達した。そこから水深1000メートルの海底の、さらに300メートル下の地層まで生産坑井を掘り、メタンハイドレートのガスだけを気化させて船上に回収して燃やす。世界初の海洋でのメタンハイドレートからのガス産出試験が始まった。日本が資源大国へ歩み出せるか否かは、この海洋試験にかかっていた。

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試験の実施体制。MH21の資料を基に編集部作成。

海洋試験の事業主は経済産業省、実施主体はJOGMEC(石油天然ガス・金属鉱物資源機構)。「減圧法」と呼ばれる生産技術の開発は産総研(産業技術総合研究所)が担当した。船上での実作業はオペレーターのJAPEX(石油資源開発)が統括し、ちきゅうの運用管理は日本マントル・クエスト、掘削や坑内機器のコントロールは日本海洋掘削などが担った。

出航から19日目、船から下ろされたパイプ杭が水深1000メートルの海底に届いた。MH21の研究開発は前人未到の域に入った。その下の泥と交互に堆積している砂層にメタンハイドレートが存在することを、MH21の技術者たちは正確につきとめていた。

石油や天然ガスを輸入するのに慣れた私たち日本人は、探鉱・探査の重要性にうとい。お金さえ出せば石油もガスもどこからともなく届くと思いがちだ。しかしエネルギー資源開発において探査ほど大切なプロセスはない。石油メジャーがメジャーたる所以は探査、つまり石油や天然ガスを確実に見つけることに甚大な投資をし、重厚な探査・開発部門を築いてきたからでもある。戦後、メジャーの系列下で精油部門を中心に発達した日本の石油産業では探査技術は育ちにくかった。だが、メタンハイドレートの濃集帯を推定する技術では、いまや日本は他の国々を大きく引き離している。