人気テレビ番組『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)の放送作家として、国民的アイドルグループに伴走してきた鈴木おさむ氏が、小説『もう明日が待っている』(文藝春秋)を上梓した。デビュー直後のアイドルとは、いったいどんな姿なのか。第1章「素敵な夢をかなえておくれ」より紹介する――。

初登場1位が取れず、売り上げは右肩下がり

アイドル冬の時代と言われていた。

アイドルなんてだせー! という空気が世の中に流れていた。

鈴木おさむ『もう明日が待っている』(文藝春秋)
鈴木おさむ『もう明日が待っている』(文藝春秋)

そんなアイドル冬の時代にデビューした6人組に対して。

時代も冷たかった。

これまでは、デビューして瞬く間に人気者になっていったはずのその事務所のアイドルたち。

だが。91年9月9日にデビューした彼ら6人に、時代はそれを許さなかった。

デビュー曲は初登場チャート1位が当たり前だったのに、1位は取れず。デビュー曲からどんどん売り上げは下がっていった。

売り上げが下がる中で、彼らがそれまでのアイドルたちと違うアプローチを始めたことに、僕はふと気づいた。

やたらとバラエティー番組に出始めたのだ。

若手芸人ばりに体を張るアイドル

彼ら6人は、それまでのアイドルのように、歌を歌うために番組に出て、アイドルらしくトークしてゲームしてというのではなく、これまでのアイドルが決してやらなかった出演の仕方をしていた。

体を張り、若手芸人と同様のことをしていく。

歌番組が少なくなり、アイドルなんかが求められていない時代に、彼らがテレビで露出をしていくには、バラエティー番組しかなかった。

彼ら6人のマネージメントを行うことになった女性の「イイジマサン」は、仕事のない彼らをテレビに出演させるために、今までとは違う売り方に時間を費やした。

アイドルが求められていた時代は、プロダクションがテレビ局に売り込みなんかしなかったはずだ。だが、イイジマサンはテレビ局の、バラエティー番組に頭を下げて売り込みに行った。

僕が若手作家として参加させてもらっていた番組の会議でプロデューサーが「こんなアイドルから売り込みあるんだけどさ」とプロフィールを出した。

そこにはあの6人の写真があった。

プロデューサーは「いらねーよな?」と冷たく言った。

僕も放送作家になったものの、何者でもなく。目の前の大人たちに認められるためなら何でもやった。必死だった。そんな自分にとって、アイドルとしてデビューしたはずの6人は、アイドルとしてのキラキラを投げ捨て、バラエティーに出て、とても必死に見えた。

僕は、そんな彼らを見て、なんか共感した。必死なアイドルなんていなかったから。