最初の侍・岡裕則がまずやったこと

大和証券は野村證券(野村HD)、みずほ証券(みずほFG)、SMBC日興証券(三井住友FG)、三菱UFJモルガン・スタンレー証券(三菱UFJFG)とともに、総合証券会社の大手5社であり、業界2位だ。そして野村證券とともにメガバンクの金融持ち株会社に属さない独立系の証券会社である。

そんな大和証券の海外担当の副社長が岡裕則だ。

2012年、岡はシンガポールを含むアジア全体の副担当役員になった。そして、手を付けたのがシンガポールで行っていた個人富裕層向けビジネスを改革することだった。

大和証券副社長の岡裕則さん。シンガポール向けサービスは閉鎖も検討されていたが、「最後にもう一度だけ勝負したい」と思い、国内支店からトップ営業員を続々と招いた
撮影=大沢尚芳
大和証券副社長の岡裕則さん。シンガポール向けサービスは閉鎖も検討されていたが、「最後にもう一度だけ勝負したい」と思い、国内支店からトップ営業員を続々と招いた

まず、岡がやったのは香港の現地法人に残っていた個人口座をすべてシンガポールに移すことだ。アセットとして預かるのであれば分散させるよりも、1カ所に集中させたほうが効率がいい。また、預かる場所をシンガポールにしておけばマレーシア、タイ、フィリピン、インドネシアなど近隣のアジア諸国に移住している日本人富裕層も顧客の対象にできる。

加えて、シンガポールではさまざまな金融商品を充実させることにした。たとえば債券だ。債券は株とは違い、その証券会社が持っているもの、もしくは仕入れることができるものしか販売できない。販売する債券の種類を増やすため、シンガポールに債券に詳しい人間を連れてくることにした。

閉鎖寸前の事業を立て直した「3つの理念」

債券についての情報がつねに入るような状態にするためだった。やることは無数にあり、やろうとすることを整理し、考えただけでも、頭痛がしてきた。だが、心身が疲労しようが、頭が爆発しそうになろうが、やるべきことを進めなくてはならない。

「何よりも大切なのは理念だ。数字ではない」

体験から岡はそのことをよくわかっていた。

数字を追ってただ儲けるだけではいずれ限界が来る。「稼げ、稼げ」と言って尻を叩いても人は動かない。それに、嫌々やっていることからは成果は生まれない。岡はそれをよくわかっていた。

個人富裕層ビジネスをやるための理念を決めた。

・何はなくとも、お客さま第一で行く。会社の都合で金融商品を薦めたりはしない。回転売買のようなことはしない。お客さまが欲しいと思う商品だけを薦める。

・次に、お客さまが困っていることを解決する。シンガポールに来て、子どもの学校を探している人がいれば相談に乗る。一緒に学校まで出かけて見学する。長い間、旅行に出る顧客がいれば留守宅の風通しと簡単な掃除くらいはやる。海外のプライベートバンクがやらないようなことも進んでやる。

・売り上げ至上主義にはならない。売り上げを追求するよりも、お客さま第一主義という理念を実行する。

そうして、お客さまが喜んでくれれば売り上げはついてくるし、他のお客さまを紹介もしてくれる。

そうして、閉鎖の寸前まで行っていたシンガポール富裕層ビジネスは再構築されることになったのである。

約564万人が住むシンガポール共和国。そのうち、日系企業数(ジェトロ海外進出日系企業実態調査における調査対象企業数)は1084社あるという(2022年12月現在)
撮影=永見亜弓
約564万人が住むシンガポール共和国。そのうち、日系企業数(ジェトロ海外進出日系企業実態調査における調査対象企業数)は1084社あるという(2022年12月現在)