――障がい者割引をせよ、と法律などで決まっているわけではない?

公共交通機関の割引は法律で決まっているけれど、映画館の割引は法律にはないはずだ。割引は事業者側の判断によるもの、ある意味での厚意だ。

――先日の、この議論の発端になった車いすユーザーであれば、一般席よりも良い席、さらに、障がい者割引の対象外の席を買っている。車いすユーザーからすると、逆にちょっとお金を払ってでも良い席で観たい、という気持ちはあるのか。

それは、何にしてもある。例えば、今回の件をSNSで発信した女性は、特に脚の血流が悪くて1日を終える時には真っ青になってしまうらしい。彼女に限らず、車いすユーザーのほとんどは、脚がむくみやすい。歩ける人はふくらはぎが足のポンプ役をして血流がよくなっていくけれど、われわれはずっと脚を動かさないので、血流が滞留しがち。

彼女は脚の血流を改善させるために毎日のように足湯をやっているそうだが、足を上げてあげることも非常に効果的だ。なので、リクライニングができる席で映画を2時間観られるということは、彼女にとっては身体的なリスクや負担を軽減することにもなる。単純に良い席で観たいという理由だけでなく、こうした健康面での想いもあったのではないかと思う。

選択肢について言うと、ホテルの客室選びでも少ないと感じることがある。例えばスタンダードやデラックス、スイートが設定されている場合、車いす対応の客室は、だいたいスタンダードレベルが中心だ。例えばプロポーズするためになんとか良い部屋に泊まるぞ、とか、夜景のきれいな部屋に泊まりたいと言っても、低層階に対応客室があって夜景が見えないとか、室内の設えがチープだったりする。

2019年に改正される前のバリアフリー法だと、客室総数50室以上の宿泊施設に対して車椅子使用者用客室を1室以上設ければいいとされていたので、仮に1000室あるホテルの場合、1部屋でも良く、当事者からすると選択肢は1つしかない。

眺望も重要視されていない傾向にあるし、そういった意味では、「とりあえず」なのだ。とりあえず、バリアフリー法にのっとって席を作りました、部屋を作りました、という体(てい)を一応為した、というだけ。なので、バリアフリー化をポジティブにとらえて実践しているところはまだまだ少ない、という印象だ。

一方で、障がい者の選択肢の幅については、特にアメリカは進んでいる。大谷選手がいるドジャースタジアムの車いす席は垂直・水平分散できていて、全ての階層のいろんなエリアから席が選べるようになっている。

例えば、一塁側から見るとホームの三塁側が見えるから、大谷さんが見やすいんじゃないかなとか、大谷さんに声を届けたいなと思って三塁側を選んだりとか。それが、1階席だったり2階席だったり、ホームランボールを取れそうだよねって、外野席を買うこともできる。

でも日本国内の球場などは、まだまだ選択肢が少なくて、決まったエリアしか選べないということが多い。だから観戦に行くと毎回同じ席ということになりがちだ。アメリカでは眺望や金額から自由に選べるようになっていて、今回はグラウンドに近い良い席、給料日前だから安い3階席にしよう、と。選択肢が豊富にあるということは、楽しみ方が沢山あるとも言い換えられるかもしれない。