失敗しても、あきらめない。いつも挑戦してきた
――企業がイノベーションを志すのは当たり前になっています。なぜ、あえて「イノベーション部」をつくる必要があったのか。
二代目社長の佐治敬三が、戦前に撤退したビール市場に再参入したのが1963年。寡占市場で最難関の新規事業でしたが、初代社長の鳥井信治郎は「やってみなはれ」と言って背中を押した。
その後45年間赤字が続いて、「アホか」と言われながらも、2008年に黒字化させた。挑戦して失敗し、また挑戦する姿こそ、サントリーの魂。ビール事業はその象徴であり、社内でも特別な事業になりました。一方で、ビール市場は17年連続で縮小し、昨年は回復したものの、この先もダウントレンドが続く。どうするか。
答えは1つで、われわれは、トレンドに逆行してビールを飲む人を増やさないといけないのです。そんななか、2020年1月、サントリービール(現在はサントリーに統合)の社長に就任しましたが、コロナ禍で何も手を打てない。その代わり、立ち止まる時間を得て、来年のこと、再来年のこと、さらに先のことを考えました。
ビールを飲む人を増やすには、これまでの枠を超え、もっと大きなジャンプしなければならない。これまでと違う新しい発想が必要です。サントリーには面白いアイデアを持った人がたくさんいる。なら、集めてみようと。
――それが、イノベーション部になった。
2020年11月、既存の組織とは異なる別部隊として、プロジェクトを立ち上げました。プロジェクトを始めてみると、次々とアイデアが出てきて、翌月には部署にすると決めました。
社長直轄にすることで、ダイレクトに提案してもらい、ダイレクトにジャッジする。バイアスがかからない。つまり、スピードと発想に制限がかからない。プロジェクトのリーダーは私の指名で決めましたが、部署にするにあたっては公募をし、社内外から人を集めました。結果として、実に多彩なメンバーになりました。
法人営業、経理、ビール醸造家や清涼飲料部門の出身、さらには他社で食品のマーケティングをしていた人材もいる。管理職を除いて10人ほどですが、年齢は20代から30代が中心です。アイデアは、1カ月であっという間に100を超え、「絶対にイケる」と感じさせるものもありました。人って、本当に面白いなと思いました。
――20代は、ビールの全盛期を知らない。
ビールをよく知っている人、飲んでいる人というのは、既存のライン上でものを考える。それよりむしろ、ビールを知らない若い人のほうが柔軟性を持っている。私が最初に言ったことは、まさに「やってみなはれ」です。固定概念にとらわれずにやることが大事だと。ただ、世に受け入れられやすいものを作ろう、あまりかけ離れていてはダメだとも言いました。また、既存の設備や資材を使ってできるものを優先し、22年、イノベーション部の第1弾商品として『ビアボール』を出しました。
炭酸や他の飲料で割って飲めるビールという提案には、大きな意味がありました。調査結果を見ると、『ビアボール』を買った人の3割が、「ビールを初めて買った人」だったのです。これまでにない異常な数値でした。現在、1万店ほどの料飲店でメニューに載っているのですが、まだまだ増やしたい。全国の名産品などで割るプロモーションも展開して、反響も上々です。これから大きなうねりにしていくために、時間をかけてじっくりと育てていきます。