※本稿は、和氣忠『イシュー思考』(かんき出版)の一部を再編集したものです。
イシュー思考の「6つのプロセス」
世界的に物価上昇が進んでいる昨今、巷ではどのような問題提起が聞こえてくるでしょうか。この問題提起について、イシュー思考の「型」となる「6つのプロセス」に沿って、目指す姿を明らかにし、イシューを特定して、イシューステートメントへ言語化していきましょう。
イシュー思考の「6つのプロセス」は、
②イシューを特定する
③イシューステートメントへ言語化する
④サブイシューへ展開してイシューを体系化する
⑤分析・解釈・判断する
⑥結論版へ書き換える
です。
このうち、①目的と目指す姿を言語化する ②イシューを特定する ③イシューステートメントへ言語化する まで進めます。
具体的には、「イシューの特定から優れたイシューステートメントへ言語化する6つの手順」にしたがって進めていきましょう。
この6つの手順は、
ii)どうなりたいのか? どんな姿になりたいのか?
iii)その姿を目指す、そもそもの目的は?
iv)ということは、あらためて目指す姿は?
v)では、どのような切り口で目指す姿を実現するのか?
vi)とするとイシューは、どのように言語化されるのか?
です。
「世界的な物価上昇は問題だ!」を考える
それでは、「世界的な物価上昇は問題だ!」という問題提起について順番に考えていきましょう。
まず、イシュー思考プロセス➀「目的と目指す姿を言語化する」から始めます。
i)さて、何に困っているのか?
・物価上昇は困る
・生活費がかさむ、生活が苦しくなる
・物価が上昇しても、それほど給料は上がらない
・どんどん暮らし辛くなる
といったことでしょう。
ii)どうなりたいのか? どんな姿になりたいのか?
「物価上昇が困る」のであれば、目指す姿として、2つのパターンがあり得ます。
ⓐ世界の物価が上昇しても、国内物価が上がらない経済社会
ⓑ国内物価は世界と同調して上がるが、収入も上がる経済社会
このパターンⓐ、ⓑについて、一例として目指す姿を言語化してみると、「世界の物価が上昇しても、国内の物価上昇を年率1%以内に抑える」「世界の物価上昇に同調して国内の物価が上昇しても、物価上昇に同調して賃金・収入も上昇する」
となるでしょう。
「目指す姿」を言語化する
iii)その姿を目指す、「そもそもの目的」は?
目指す姿の方向として、2つのパターンがあります。
この2つの目指す姿について、その「そもそもの目的」を再確認します。
「物価上昇を1%以内に抑える」「賃金・収入が物価上昇に同調して上昇する」という姿を目指す「そもそもの目的」は何でしょうか?
それは、究極的には、「経済的に苦しい生活を送りたくない、将来の不安なく生活したい」と、どちらのパターンにも共通の目的です。
ということは、「そもそもの目的」は共通で、この「そもそもの目的」を実現する手段となる「目指す姿」が2パターンあり得る、ということです。
iv)ということは、あらためて目指す姿は?
それでは、あらためて「そもそもの目的」を言語化してみると、「世界の物価が上昇しても、生活が経済的に苦しくならず、将来の不安もないようにする」と書き下されます。
この言語化された「そもそもの目的」に、ⓐⓑ2パターンの手段となる「目指す姿」を追記して、イシューステートメントへ書き下してみると、
ⓐ「いかにして、世界の物価が上昇しても、国内の物価上昇を年率1%以内に抑制して、生活が経済的に苦しくならず、将来の不安もないようにするか?」
ⓑ「いかにして、世界物価の上昇と同等水準に国内物価が上昇しても、物価上昇に同調して賃金・収入を上昇させて、生活が経済的に苦しくならず、将来の不安もないようにするか?」
と表現できます。
次に、イシュー思考プロセス②「イシューを特定する」へ進みます。
イシューの2つの要件
ここで、それぞれがイシューの要件を満たしているか、確認しましょう。
イシューの要件は、「①解き得る」かつ「②解いた結果のインパクトが大きい」です。
ⓐⓑ共通の「そもそもの目的」である「生活が経済的に苦しくならず、将来の不安もなく暮らしを続けられるようにする」が実現すれば、十分にインパクトが大きいので、ⓐⓑともに、②解いた結果のインパクトが大きい、を充たします。
「解き得るか」を検証する
では、ⓐⓑの手段に関わる仮説について、①解き得るか、検証を続けましょう。
ⓐの「世界の物価が上昇しても、国内の物価上昇を年率1%以内に抑制して」は、解き得る手段でしょうか?
日本は、エネルギーや食料を海外から大量に輸入しており、その購買・輸送費用は、海外(現地の)物価レベルに連動しています。
したがって、エネルギー・食料を始めとする輸入品の価格上昇を前提として、国内の物価上昇を年率1%以内に抑えるためには、世界の物価上昇と、国内の物価レベルが切り離された経済構造にする必要があります。
すなわち、エネルギー・食料などの輸入量を、輸入品の価格上昇が国内の物価上昇に影響を及ぼさない程度まで抑え込めるか、という検証になります。
もちろん、再生可能エネルギーによってエネルギー自給率を100%にできれば、エネルギー輸入量はゼロとなりますし、農業技術などの革新によって、食料自給率を100%に近づける可能性もありますが、それには何十年もの期間がかかって手遅れです。
すなわち、ⓐは解き得ないので、イシューとは特定されません。
解き得る問題
一方、ⓑの「物価上昇に同調して賃金・収入が上昇する経済社会として」は、解き得る手段でしょうか?
賃金水準は、企業が自ら決めることなので解き得ます。
企業は、「できるならば人件費をそこそこに抑制して利益を確保したい」と考えますが、人件費を抑えて、必要とする人材が集められないのであれば、事業活動の継続に黄色信号が灯ってしまいます。したがって、企業は、事業活動の継続に必要となる人材が確保できる水準の賃金を支払います。
ゆえに、ⓑは解き得ます。
つまり、ⓐⓑの手段の仮説まで含めて考えると、イシューと特定できたのは、ⓑの「いかにして、世界物価の上昇と同等水準に国内物価が上昇しても、物価上昇に同調して賃金・収入が上昇する経済社会にして、生活が経済的に苦しくならず、将来の不安もないようにするか?」です。
最後に、イシュー思考プロセス③「イシューステートメントへ言語化する」です。
解くべき問題の「核心」を見つける
v)では、どのような切り口で目指す姿を実現するのか?
それでは、あらためて、上記のイシューを精読して、どのような切り口で目指す姿を実現するのか、考察を進めましょう。
実現すべきは、「物価が上がれば、賃金・収入も物価上昇のレベルに同調して上昇する」経済社会です。そうなれば、現状よりも経済的に生活が苦しくなることはなくなり、将来の暮らしに対する不安も増えることはないでしょう。
とすると、解くべき問題の核心は、「同調して」とはどんな状態なのか? です。
なぜ、これが解くべき問題の核心と言えるのでしょうか。
大きなマクロ経済のサイクルとして考えれば、物価が上昇すれば、ある時点で賃金・収入レベルも上昇します。
とはいえ、「ある時点」までの時間差が大きくなると、物価が上がっても賃金・収入が上がっていかない期間が長くなって、人々の生活は苦しくなります。
したがって、この時間差を極小化することが、前述の「同調した」状態です。
職種によって、物価上昇のトレンドを取り込みやすい職種と、そうでない職種がありますが、国全体の物価上昇問題を扱うのであれば、さまざまな職種の全体を含めて「いかにして、物価上昇と賃金・収入アップの時間差を極小化できるか?」が、目指す姿の実現に向けた問題解決の核心です。
ここまで、イシューを特定する手順を進めてきた仕上げとして、イシューステートメントへ言語化しましょう。いくつかの例を記します。
仮置きの期限としてタイムライン(期日)も追記します。
仮説を含めて言語化する
vi)とするとイシューは、どのように言語化されるのか?
「世界の物価上昇と同等水準に国内物価が上昇しても、さまざまな職種にわたる賃金・収入レベルも物価上昇と時間差なく同調して上昇し、経済的に苦しくならず、将来の不安もなく暮らせる社会へ、今後1年間で、どのように移行するか?」
ここで使った「どのように移行するか?」というワーディングは、イシューステートメントを書く「取っ掛かり」として汎用性が高く、非常に使い勝手が良いものです。
この例のように、大きなチェンジを目指す場合に適しています。このままでもイシューステートメントとして成立しますが、もう少し工夫を加えてみましょう。
まず、「どのように移行するか?」の部分を「どのようにソフトランディングするか?」に変えてみます。この表現は、ある状態から別の状態へ移行する際には、何かしらの不都合や障害、痛みを乗り越える必要があるだろうという想定に基づいています。
これらを乗り越えるための知恵を絞って、受け容れ可能な実現方法を考える必要があるというニュアンスが滲み出るように「ソフトランディング」と表現しました。
6つの手順で言語化できる
さらに、より具体的な仮説を盛り込んで、「どのように企業活動と雇用環境の構造転換を進めてソフトランディングするか?」といった表現もできます。
これは、問題解決の範囲(ソリューションスペース)をどう捉えるか、に関する仮説を含めた表現です。
時間差なく同調して賃金・収入水準が上がるためには、企業活動や雇用環境にまで遡って構造転換していくことが必要で、これを進めていく施策が求められるだろうという仮説です。
ソリューションスペースを企業活動や雇用環境の構造転換を含むよう拡げたので、期限を3年へ延ばして、最終的に出来上がったイシューステートメントは次の通りです。
「世界の物価上昇と同等水準に国内物価が上昇しても、さまざまな職種にわたる賃金・収入レベルも物価上昇と時間差なく同調して上昇し、経済的に苦しくならず、将来の不安もなく暮らせる社会へ、今後3年間で、どのように企業活動と雇用環境の構造転換を進めてソフトランディングするか?」
「物価上昇は困る!」といった巷の「問題だ!」から、6段階の手順を踏むことによって、イシューを特定し、より具体的に問題意識の核心を確認し、問題解決を進める方向性やソリューションスペースの仮説までを含むイシューステートメントへ、言語化することができました。
ここまでイシュー思考を進めた段階で、巷で「物価上昇対策」として議論されている数々の施策を検証してみるのは、とても良い思考実験になります。
